汗牛未充棟

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【随時更新】「ハヤカワ文庫の百合SFフェア」 新刊全レビュー‼

【1】 SFマガジン編集部編『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』 
アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)

アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)

 

 2019年6月に行われた「ハヤカワ文庫の百合SFフェア」、その肝となるのがこのアンソロジーだ。雑誌の重版は基本的にないと言われるなか、3刷となって話題になったSFマガジンの百合特集に掲載された5編に加え、新たな書下ろしが4編収録されている。

 「百合SF」というテーマ自体がたいへん意欲的なものであるが、作家の人選も意欲的で、コミック百合姫とpixivが共催した百合文芸小説コンテストに投稿され”ソ連百合”として話題をさらった南木義隆の『月と怪物』や、ともに「ゲンロン 大森望 SF創作講座」出身の女性作家である櫻木みわと麦原遼の共作『海の双翼』、中国人作家・陸秋槎の中国でもまだ発表されていない新作『色のない緑』などが収録されている。ちなみに陸秋槎のTwitterアイコンは『ラブライブ!』の綾瀬絵里になっていて何だか親しみを感じる。

 また本書はまえがきも飛ばさずに読んでほしい。編集部の”百合丸”こと溝口力丸氏は、まえがきの中で百合について「2019年現在では「女性同士の関係性を扱うもの」という幅広い共通認識」とひとまずの定義をしている。「2019年現在」という文言からも分かるように「百合」という創作ジャンルが何を示すかということは非常に曖昧で、個人的な感覚では「女性同士の恋愛」といった狭い範囲から、「女性同士の関係性」といった広い範囲をカバーするようになっていったように思う。

 そんな状況の中「世界初」を謳うこのアンソロジーが、宮澤伊織『キミノスケープ』から始まることには大変意図的なものを感じた。なにせこの作品、登場人物が主人公ひとりしかいないのである。「女性同士の関係性」といっておきながら、関係性を結ぶ相手すらいるのかいないのか分からない作品を「百合」作品だといっていいのか。

 「それでもいい」というメッセージを私は受け取った。そもそもひとつの作品が百合かどうかということは、読み手(もしくは書き手)の主観に委ねられることであって、百合か百合でないかを厳密に区分けするようなものではない。だから当然『キミノスケープ』は百合ではないという意見もあるだろうし、それが間違いということもないのだろう。このような作品をアンソロジーの冒頭に持ってくることで、百合というジャンルのそしてSFというジャンルの懐の深さを示しているように思った。

 ちなみに『キミノスケープ』はもともと、「観測できない百合」というテーマで書くという公約のもと執筆された。また、このアンソロジーに収録されている草野原々『幽世知能』も同じ時に「関数百合」というテーマを与えられたものである。その模様も掲載されたインタビューが名文なので、是非そちらもチェックしてほしい。

⇒ 百合が俺を人間にしてくれた――宮澤伊織インタビュー 

( https://www.hayakawabooks.com/n/n0b70a085dfe0 )

 

【2】 矢部嵩 『〔少女庭國〕』ハヤカワ文庫JA
〔少女庭国〕 (ハヤカワ文庫JA)

〔少女庭国〕 (ハヤカワ文庫JA)

 

 ハヤカワ文庫の百合SFフェアに伴い、早川書房の単行本から文庫化された作品。
 とある女学院の卒業生である少女は、卒業式が行われる講堂へ向かう途中、気付くとうす暗い部屋に寝かされていた。その部屋にはドアが二つあるばかりで、一方のドアにはドアノブがなく、もう一方のドアには張り紙がされていた。張り紙には「ドアの開けられた部屋の数をnとし死んだ卒業生の人数をmとする時、n-m=1とせよ」と書かれている。つまり卒業生の寝ている部屋が次々と続いており、ドアを開放することで、2人の少女が目覚めたならば1人が、5人の少女が目覚めたならば4人が死ななければその空間から脱出できないというのである。

 100頁に満たない短編「少女庭国」はそのような状況で目覚めた13人の少女が、互いに殺し会うのか、それとも別の選択をするのかといった物語である。この物語の結末は気持ちのよいものとは言えないかもしれないが、心に響く良い結末だったと私は感じた。

 しかし圧巻なのはこのあとに続く「少女庭国補遺」である。例えば先ほどの状況で12人が死に1人が生き残った場合、13人目の次の部屋で眠っていた14人目の少女が、また1人目として目覚める。そのように無限に空間が続いていくのだ。
 そしてこのような状況設定の中で、どのようなことが起こりうるのか網羅的に語られるのが「少女庭国補遺」なのだ。少数人数で話し合うか殺しあうかして、1人を選ぶのが基本的なパターンだが、時として国が成立することもある。当然構成員のすべてが少女となるため、帯に書かれているとおり「百合SF建国史」が描かれることになる。

 限定的な状況のなかでどこまで可能性は広がるのか、想像力の極地を体験してほしい。しかし、食糧もない空間での生き残りとなるため、必然的にグロテスクな描写がかなりの頻度で登場する。苦手な方は注意されたし。

(2019.7.20 追記)
早川書房のnoteで番外編が公開されました。
・ここは本当に、いまは、あなたとわたしだけの世界……〔少女庭国〕の番外編――〔百合SF掌編〕
 https://www.hayakawabooks.com/n/n231dd97543bd

 

 

【3】 森田季節『ウタカイ 異能短歌遊戯』ハヤカワ文庫JA
ウタカイ  異能短歌遊戯 (ハヤカワ文庫JA)

ウタカイ 異能短歌遊戯 (ハヤカワ文庫JA)

 

  2013年に一迅社から刊行された作品が、ハヤカワ文庫の百合SFフェアに伴い文庫化されたもの。

 「歌会」という短歌を用いた架空の競技を題材に、登尾伊勢と朝良木鏡霞という二人の歌人の百合が綴られる。今回の百合SFフェアで復刊された作品の中では、女性同士の恋愛というものに一番真正面から取り組んだ作品ではないか。

 歌会の競技者は短歌を詠むことで環境を疑似的に変化させる異能『歌垣』を持っており、それをぶつけ合うことで競い合う。歌垣の効果は人それぞれであり、例えば主人公伊勢の歌垣は「紅龍の登り口」といい、炎の竜を召喚して相手にぶつける。伊勢と鏡霞の二人は同じ高校に通うトッププレイヤーで、ライバルでありながら恋人同士でもあるという関係である。

 本書の面白い点は、この二人が第一話でいきなり決着をつけるという点だ。普通はクライマックスになりそうなマッチアップだが、クライマックスのあとも二人の関係は続いていくのである。「恋って永久不変のものでもなんでもないんですよ」とは作中の朝良木鏡霞の台詞だが、そうと知っているからこそ、いまの恋心を無器用に確かめ合う二人が魅力的な一冊。

 

 

【4】月村了衛『機忍兵零牙〔新装版〕』ハヤカワ文庫JA
機忍兵零牙〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA)

機忍兵零牙〔新装版〕 (ハヤカワ文庫JA)

 

  2010年にハヤカワ文庫JAから出版されたものに、加筆訂正のうえ新しくカバーイラストとしてギュスターヴ・モローの『ソドムの天使』を用いたもの。

 架空世界が舞台となっており、数多の次元世界を征する無限王朝の侵略から逃げ延びた姫と皇子が、北の山岳部族の元まで亡命の旅をするというストーリー。その道中で姫たちの警護を請け負った伝説の忍び<光牙>の機忍兵と、無限王朝に使える<骸魔衆>の機忍兵との超常的な戦闘が繰り広げられる。いわゆる山田風太郎的な世界観であるが、遠距離攻撃は手裏剣ではなく光線が標準的であったり、次元移動に関わる機忍法があったりと、SF的な世界観とのハイブリッドとなっている。

 それでは百合要素はというと、亡国の姫である真名姫とまだ若い少女でありながら最強の機忍法の使い手蛍牙との関係に注目してほしい。賤しい身分とされる蛍牙たちを遠ざけようとしながらも、蛍牙の明るい性格や蛍牙の語る「本当の世界」の記憶にどうしようもなく惹かれていく真名姫が、果たして最後に何を選択するのか。

 またこの作品を「百合SF」とすることに抵抗のある方もいるかもしれないが、これは百合作品であると定義するものではなく、「百合要素もあるよ」と作品の一部をピックアップしたものと捉えていただきたい。