同人発！ワイドスクリーン百合バロックSF！――草野原々『最後にして最初のアイドル』
「まだ読んでなかったんですか？」
「……はい」
「読んでないのに別の記事で『これぞ原々流』みたいなこと言ってたんですか？」
「…………はい」
・最後にして最初のアイドル
幼い頃からアイドルが好きで、高校時代にはアイドル部の一員として活躍した古月みかは、卒業後もアイドルを目指して奮闘しますが、オーディションには落ち続け、ようやく所属できた事務所もレッスン費だけ徴収されて倒産してしまいます。失意のなか死を選んだみかですが、高校時代のアイドル仲間である新園眞織は、みかの脳と脊髄を保管し、いつの日かアイドル古月みかを復活させることを誓うのでした。
それから数年、地球に太陽フレアが降り注ぎ文明が崩壊していくなか、臓物を繋いだだけの異形な姿となって復活を遂げた古月みかは、”アイドル活動”を始めるのでした。
なんだかんだ草野原々のこの衝撃のデビュー作を読むのを後回しにしてしまったわけですが、他の作品を読んだ後にこの「最後にして最初のアイドル」を読むと、他作品に見られるあらゆる要素が詰まっているなと感じます。
異常な執着心を見せる登場人物や、人体を切り刻むグロテスクな描写、極限の環境に合わせて異様な生物に、宇宙全体を説明するかのようなハードSF展開、そしてメタ視点と意識の起源に関する考察など……。作家のやりたいことはデビュー作に詰まっているというやつでしょうか。
また、一人の人間を永遠のものにしようとする展開は『NOVA 2019年秋号』収録の「いつでも、どこでも、永遠に。」でもありましたが、そのアプローチが違っていて面白いですね。
本作のオリジナルは”にこまき”の同人とのことです。古月みか(＝矢澤にこ)は作中で次々と恐ろしい姿に変貌していきますが、「大人気のラブライブのキャラクターでめちゃくちゃやったら面白いだろう」みたいな悪ふざけで書かれたものでは決してないのでしょう。きっとそこには作者のキャラクターに対する愛があると思うのですが、展開が凄まじすぎてもはや畏れの気持ちが湧いてきます。
・エヴォリューションがーるず
貯金を切り崩して課金し、四六時中画面をタップして生活をおろそかにするほどソーシャルゲームに依存して暮らす新社会人・笹島洋子は、あるときトラックにはねられて命を絶ってしまいます。気付くと洋子は不思議な世界でガチャを回していました。「N：細胞核」「N：微小管」「N:キチン」「R：葉状仮足」……。ガチャを回して手に入れた組織で自らの体を作りあげながら、死者すら蘇るという〈がーるず〉ガチャを回すため、洋子はフレンドとともに旅をします。
「キャラクターに対する共感」というのは原々作品でよく言及されるところですが、この「エヴォリューションがーるず」を読んでいる間中、キャラクターがどんな姿でも共感したり感情移入したりできるのかと試されている気分でした。
主人公の洋子も、フレンドの〈がーるず〉も、もちろんその他の〈がーるず〉も、ガチャを回しながら少しずつ体を作っていくため、人型になんてなることはありません。洋子はムカデのような姿になりますし、フレンドたちも蛇のようになったり、もうなんだかわからないような姿になります。そんな彼女たちが剥き出しの感情をぶつけたりするのでした。
・暗黒声優
声を震わすことで声優はビームを撃つことができる。(p.201)
声優って、すっごーい！
体外に「発声管」という器官を持つ声優は、声によって周囲のエーテルを振動させることで音や光を操ったり、様々なことを可能にします。声優の力を利用して人類は宇宙にも進出しました。
そんななか、実力のある声優から発声管を奪って最強の声優を目指す四方蔵アカネは、あるとき「暗黒声優」名乗る謎の女性に襲撃されます。さらには突然地球の重力が消えうせ、地球が崩壊しますが、アカネはそれを尻目に暗黒声優を追いかけて宇宙の果てまで旅立ちます。
「声優」という人によってはとても馴染み深い言葉が、現実と通じているようでその実まったく違うモノとして使われている様子が面白い作品です。
また、地球が崩壊したあとに、アカネが「百合営業」の相手であるサチ―を引き連れて宇宙をさすらう展開が、ポストアポカリプス百合の風味があってグッときました。個人的にはここの百合が全体を通して一番刺さりました。
冒険小説としても面白い一編だったと思います。
