汗牛未充棟

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死者が生者の道になる――蒼穹のファフナーシリーズ(前編)

 5月20日月曜日、職場の振り替え休日を利用して、県外の映画館まで「蒼穹のファフナー THE BEOND」1~3話の劇場先行公開を見てきた。高速道路を利用して片道2時間半という結構な移動だったが、そこまでして観る意味は確かにあった。
 私が特に感動したのは展開の大胆さであると思う。人気シリーズでありながら、前作から設定をそのまま持ち越すのではなく、キャラクターを成長させ、世界情勢も大きく動かした。前作からの現状維持ではなく、ここからまた新しい物語を作り出そうという姿勢に感動したのかもしれない。

 

 Twitterの感想を見ていくと、「ここから見ても大丈夫」というコメントが見つかる。もちろん前作を見ていないと分からない設定が多々あるが、ファフナーについては、シリーズの途中からでもストーリーに引っ張られて最後まで見て感動することができるはずだ。実際私は第2シーズンの「蒼穹のファフナー EXODUS」のテレビ放送時から見始めてすぐに夢中になった。特に7話の「新次元戦闘」や9話の「英雄二人」は、視聴者を問答無用で引き付けるパワーがあった。しかし前作を見ていなかったことで、終盤の展開(戦士の帰還など)についていまいち理解が追いつかないという点も実際にあった。そしてさすがにこのままBEYONDに挑むわけにはいけないと思い立ち、BEYOND公開の2週間前からシリーズを一気に見たのだった。

 

〇どうせみんないなくなる

 そもそも私がファフナーに興味を持ったのは、作家・冲方丁のファンだったからだ。様々なジャンルで執筆する彼であるが、私が特に好きなのはマルドゥックシリーズやシュピーゲルシリーズといったSFものである。そしてマルドゥックシリーズには過去編として「マルドゥック・ヴェロシティ」という作品がある。私はこれを高校生の頃に読んだが、あまりにも辛くてそれ以来読み返せていない。ファフナーのTVスペシャル版「Right Of Left」は明らかに「ヴェロシティ」と同じ気配を漂わせていたし、そもそも鬱アニメの代表選手に挙げられるような作品である。覚悟をもってのぞんだが、鬱アニメというイメージからは少し違ったものを感じた。

 

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 「Right Of Left」の舞台は1期の時点から1年前の竜宮島。本編主人公・真壁一騎の一年先輩にあたる、将陵僚が主人公の物語となっている。当時まだフェストゥムに対する十分な防衛機能を備えていなかった竜宮島は、時間稼ぎのためにL計画というものを発動した。
 L計画とは島の一部を「Lボート」として切り離し、囮とすることでフェストゥムを本島から引き離すというもの。Lボートを動かす乗組員の大人たちの他に、僚たちファフナーパイロットも8人がL計画に参加した。 L計画の期間は一ヶ月。一ヶ月の間Lボートの上でフェストゥム を退け続けたのち、僚たちは何らかの手段で本島に回収されることになっていた。手段が分からないのは敵であるフェストゥムが人の思考を読むためで、Lボート乗員の誰一人として脱出手段を知らされていなかった。

 

 この時点で嫌な予感を覚えた視聴者は多いのではないだろうか。つまり脱出手段なんて最初から用意されていないのではないか、という発想である。実際私もそう思いながら続きを見ていた。
 僚たちは最初こそ順調にフェストゥムを退けるものの、 ファフナーに乗り続けることの副作用=同化現象が発症するなどして次々とその命を落としていく。有名な標語「どうせみんないなくなる」とはキャラクターの台詞ではなく、絶望的な状況のなか船内に書かれた落書きであった。

 

 そうして物語は終盤、一ヶ月経った頃にはパイロットは僚とヒロインの祐未の二人だけであった。そして生き残った彼らの前に、Lボート内に秘匿されていた潜水艇が姿を現す。そう、脱出手段は用意されていたのである。これが凡百の作品なら、ここで「脱出手段なんて最初からありませんでした」などとやって、視聴者の絶望を煽っていたのではないだろうか。そこをせずに、「全員の生還が前提」という建前を、それがどれだけ不可能と同意義だとしても貫いてくるのが、ファフナーらしくてとても良いと感じた。

 

 潜水艇は無事発進したものの、彼らの帰還は叶わない。これまで海中では行動できないとされていたフェストゥムが海中に出現し、潜水艇を襲ったのである。ファフナーに乗っていた僚と祐未も、島にフェストゥムを近づけるわけにはいかないと、フェストゥムを道連れに海底でフェンリルを起動した。

 

 結局Lボート乗員全員が死亡してしまったわけだが、このアニメに対して絶望に黒く塗りつぶされた鬱アニメという印象は受けなかった。最後に希望は一筋残されていたのである。全員が死力を尽くしてあと一歩希望に届かなかったのが前日譚「Right Of Left」だとするなら、ギリギリで未来に繋がったのが本編の物語であるのだろう。
 またL計画そのものが無駄になったわけではない。L計画のお陰で島はノートゥングモデルの完成まで持ちこたえ、フェストゥムが海に入れるよう進化したことも判明した。ここら辺のフォローの入れ方が冲方作品らしくていいと勝手に感じている。

 

 キャラクターは容赦なく命を落とすが、その死を決して無駄なものにしない、キャラクターの命を雑に扱わないところが冲方作品の魅力ではないか。

 

 思ったより長くなってしまったので、ここまでを前編として一旦閉じます。後編「EXODUS 17話 永訣の火」についてはまたいつか書けたときに。

 


 余談だが、ファフナーシリーズを時系列通りROLから見た場合、一番しんどいのは僚や祐未の死よりも、彼らの遺志を引き継いだ蔵前が本編1話で何もできず死んでいく場面ではないだろうか…。