汗牛未充棟

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ステータスオールAみたいなやばいやつ――伴名練『なめらかな世界と、その敵』

 

 劇場版『ONE PIECE STAMPEDE』はもう皆さん観たでしょうか。ワンピース初のオールスター映画ということで、各勢力から様々なキャラクターが登場し、たいへん素晴らしいお祭り映画となっていました。特に終盤でルフィとともに、同じルーキーのトラファルガー・ロー、海軍中将のスモーカー、革命軍NO.2のサボ、王下七武海のハンコックが並び立つ姿は壮観で、観ていてとても高まるものがありました。

 

 何の話をしているのか、という感じですが、もちろん小説のお話です。伴名練のSF短編小説集『なめらかな世界と、その敵』。

 

なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

 

 

 収録作品は以下の通りです。
 「なめらかな世界と、その敵」
 「ゼロ年代の臨界点」
 「美亜羽へ贈る拳銃」
 「ホーリーアイアンメイデン」
 「シンギュラリティ・ソヴィエト」
 「ひかりより速く、ゆるやかに」

 

 本書を読んだあと、このように収録作品のタイトルを並べてみると、前述したものと同じような壮観さを感じます。それはもちろん、短編のどれもが抜群に面白かったからではあるのですが、真に素晴らしい点は、それぞれがバラバラなジャンル、文体でありながら、その全てがK点越えな魅力を備えていることではないでしょうか。
 
 例えば表題作の「なめらかな世界と、その敵」では現代の女子高生を主人公に据え、一人称視点で次々となめらかに切り替わる世界を描写していきます。そうかと思えば続く「ゼロ年代の臨界点」では、明治時代の架空のSF文学史を注釈交じりに論文のように綴ります。

 そして現代、過去と続いて「美亜羽へ贈る拳銃」では、インプラントによって感情を固定することが可能になった未来の世界が描かれます。

 さらに妹から姉に送られた5通の手紙で構成された書簡体小説ホーリー・アイアンメイデン」があったかと思えば、冷戦中にソビエトが技術的特異点を越えた世界を描く歴史改編SF「シンギュラリティ・ソヴィエト」などもあります。

 

 そして本書の最終作であり著者の最新作、そして現時点での最高傑作であるかもしれない中編「ひかりより速く、ゆるやかに」へとつながります。「ひかりよりはやく、ゆるやかに」は小説の面白さをこれでもかと詰め込んだまさに大傑作となっています。

 

 あらすじはだいたい次の通り。
 物語の中心となるのは東京を出発した新幹線のぞみ。東京ー名古屋間を100分ほどでつなぐはずのその新幹線は、そこだけ時空から切り離されたかのように停止してしまっていた。いや、停止したかのように思えて実際はとてもゆっくりと動いているのであった。そのままの速度で進んだ場合、名古屋駅に到着するまでおよそ2700年。乗客の中には修学旅行中の高校生もおり、修学旅行を欠席したために運よくこの災害を免れた主人公・速希の視点で、この前代未聞の事態に陥った日本社会を描く。

 

 2700年先の未来へ向けて超低速で動く新幹線というSF的怪事件も魅力的ですが、そこに様々な魅力が積み重なっていきます。それは例えば学年でただ二人事件を免れた主人公・速希と不良少女・叉莉の不思議な友情だったり、才能を持たない自分に対する葛藤の描写であったり、叙述トリックのような意外性をもたらす構成であったりします。

 それになにより、この異常な事件に直面した人々(被害家族やマスコミやネットユーザーなど)の描写の圧倒的なリアリティに驚かされます。それは2019年現在の社会状況を正確に表現していて、「いま読むべき小説」と各所で力説されるのも納得です。そして最後にたどり着く爽快なラストは、きっと忘れえぬ読書体験となるでしょう。

 

 最期に、この『なめらかな世界と、その敵』は収録作品だけでなく、「あとがきにかえて」すら必読の内容となっているので是非チェックしてください。読書意欲が刺激されること請け合いです。

 ちなみに「あとがきにかえて」は書籍内ではなく、SFマガジン10月号と早川書房noteに掲載されているので要注意です。

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