汗牛未充棟

読んだ本の感想などを中心に投稿します。Amazonリンクはアフィリエイトの設定がされています。ご承知おきください。

φ θ τ ――森博嗣 「Gシリーズ 」part 1

 

 『χの悲劇』を読むためにGシリーズを読み返そうと思ってもはや三ヵ月。ようやく第1作目の『φは壊れたね』を手に取ることができたのだが、読み始めてからは早かった。ストーリーとキャラクターが魅力的で、ページをめくる手が止まらないというのももちろんだが、単純に一冊あたりの分量が少ないということもあるだろう。

 このGシリーズについて著者の森博嗣は自身のサイト、浮遊工作室で「ミステリィについて自分なりに見直し、あまりトリッキィなものではなく、どろどろしたものでもなく、真正面から誠実に、シンプルできめの細かい作品を書きたいと思うようになりました。」「書かなくても良いことを極力書かない、という当たり前の素直な方針を掲げ」と述べており*1、その方針が反映された結果だと思われる。

 

 Gシリーズの時系列は、S&Mシリーズから『四季 秋』経た、その後となっている。S&MシリーズではN大の学部生だった西之園萌絵は、GシリーズではN大の博士課程2年となり、研究内容の関係から国枝准教授のいるC大学に主に出入りしている。

 メインの登場人物は萌絵と犀川の他に、国枝研究室修士1年の山吹早月、山吹と友人でC大2年生の海月及介、同じくC大2年でS&Mシリーズの『封印再度』で登場し萌絵と親交のある加部谷恵美の3人が登場し、事件に関わることとなる。彼らの周囲で起きる事件にはなぜかφ、θ、τなどのギリシャ文字が印象的に登場し、どうやら背後には真賀田四季がいる……らしい。GシリーズのGとはGreek(ギリシャ語)のGである。

 

 探偵役となるのは犀川と海月の二人だが、この海月という人物がとても謎めいている。高校を卒業してから大学入学までの三年間、空白の期間があるのだがその間何をしていたのか友人の山吹も分からず、時々一週間ほどの旅行をするそうだが、その行き先も不明だ。今後彼の正体が明かされるのか楽しみだ。
 もう一人レギュラーメンバーとして探偵・赤柳初朗という人物がいるがこちらは更に輪をかけて詳細不明なキャラクターだ。真賀田四季の影を追い、Vシリーズのとあるキャラクターとも面識があるようだが果たして…。

 

 

φは壊れたね PATH CONNECTED φ BROKE Gシリーズ (講談社文庫)

φは壊れたね PATH CONNECTED φ BROKE Gシリーズ (講談社文庫)

 

 
 友人の住むマンションを訪れた山吹早月は、不可思議な刺殺体に遭遇する。密室状態の部屋で発見されたその死体は派手に装飾されており、しかも死体発見までの様子が録画されていた。そのビデオのタイトルは「φは壊れたね」。果たして犯行はどのように行われたのか。そして「φは壊れたね」の意味とは?

 

 

θは遊んでくれたよ ANOTHER PLAYMATE θ (講談社文庫)

θは遊んでくれたよ ANOTHER PLAYMATE θ (講談社文庫)

 

 

 とある男性が自宅マンションから転落しした。その男性の額には赤い口紅で「θ」の文字が書かれており、同様の事件がその後も続いた。探偵・赤柳が依頼を受けて最初に死んだ男性のパソコンを調べると、あるサイトのアクセスした形跡が。そこではプログラム相手に簡単な会話をすることができ、利用者とプログラムの関係が「シータ」と呼ばれていた。続く不審死は果たしてこのサイトと関係があるのだろうか。

 

 

τになるまで待って PLEASE STAY UNTIL τ (講談社文庫)

τになるまで待って PLEASE STAY UNTIL τ (講談社文庫)

 

 

 かつて真賀田四季と関係していたという宗教組織メタナチュラル協会(MNI)。その資料を調査するため、探偵・赤柳は山吹、海月、加部谷を伴い山奥に建つ”伽羅離館”を訪れる。その館の現在の主は神居静哉という名の超能力者だった。神居の誘いで「異世界に行く」という超能力を体験した加部谷たちだったが、その後内から閉ざされた部屋の中で神居が殺されていた。果たして犯人はどこへ消えたのか。そして殺害時に神居が聞いていたラジオドラマ「τになるまで待って」とはいったい。

 

 

 冒頭でも少し述べたが、このGシリーズは他のシリーズに比べても文章量が少なく、シンプルにまとまっている。その要因としては動機の省略というのが一つ挙げられるのではないか。動機が語られないどころか、真犯人が分からないことさえある。事件の謎、例えば密室について、海月や犀川がそれを解決するための妥当な推測を語るところで作品が終わるのである。

 しかしそもそも彼らの本業は学生や教授であり、そんな部外者の事件に対する距離感としては当然のものだろう。足をつかって証拠を探すのではなく、萌絵を通して警察から得た情報を基に討論をするのが、彼らの基本的な推理スタイルだ。(口を開こうとしないパネラーも多いが…。)

 

 また、シンプルだからといって緊張感がないわけではない。それぞれの事件の裏側にはうっすらと真賀田四季の影が見えている。どうやら赤柳は真賀田四季に迫ろうといろいろと積極的に動いているようだが果たして…。シリーズ全体の流れや、他シリーズとの関係を意識しながら読むと、とてもスリリングな読み心地である。

 

 さらに、具体的な描写こそないものの、萌絵と犀川の関係もかなり進展しているようだ。さりげない描写の中にも「あれ?今のはつまりそういうことなの?」と思えるシーンが散見される。ファンの思い込みという面も多分にあると思われるが、どちらにせよS&Mシリーズからの読者は必読だろう。