汗牛未充棟

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冲方丁『はなとゆめ』――信念を胸に戦い続ける冲方ヒロインとしての清少納言

 『はなとゆめ』は「枕草子」の作者、清少納言の生涯を描いた歴史小説。2012年から新聞に連載され、2013年には角川書店から単行本が刊行、2016年に文庫化された。著者の冲方丁は数々のジャンルで作品を発表しているが、『天地明察』『光圀伝』に続いて、本作が3冊目の歴史小説となる。また、前2作は江戸時代を舞台としたが、平安時代を書くのは本作が初めて。

 物語は清少納言が過去を回想するような語り口で紡がれる。それほど身分の高い生まれではない清少納言に転機が訪れるのは、彼女が28歳の頃。縁あって中宮、つまり時の天皇の正妻である定子の女房として仕えることになる。比較的高齢で採用された清少納言は、はじめは気後れから隠れてばかりいたが、次第に持ち前の知識と機転でもって宮中で頭角を現していく

 そんな清少納言の才能を見抜き、それを開花させた人物こそ、当時わずか17歳の中宮定子であった。彼女こそ本作のもう一人の主人公といえるだろう。教養にあふれ、人を導く才能を持った定子は、文化的な側面から宮中を盛り上げ、存在感を示していく。そうして一条帝の愛情を獲得した定子は、一族の繁栄の要となるのだった。

 しかし永遠に咲き続ける華などないように、繁栄のあとには必ず衰退が待っている。いずれ失ってしまうならば栄華など求めない方がいいのか、ということは本作の一つのテーマでもある。

 物語の後半、定子の父であり、関白の位にあった藤原道隆が病に倒れると、一族の栄華に翳りが見え始める。藤原道長の勢力に次第に押されるなか、中宮定子は、そして彼女に仕える清少納言は、彼女たちのやり方で立ち向かう。

 劣勢にあっても信念を捨てず、毅然として戦いを続ける様は、『マルドゥック・スクランブル』のルーン・バロットのような冲方作品の戦う女性主人公の面影を感じさせる。そしてその戦いの果てに、清少納言は何を思って「枕草子」を書いたのかということが浮かび上がってくるのだった。

 史実を見ればこの時代以降、藤原道長が権力を一手に握ることになるが、その時代を中宮彰子の視点から描いた『月と日の后』が刊行されている。彰子は定子の後に一条帝の中宮になった人物だ。実質的に続編といえる『月と日の后』に定子や清少納言の痕跡をみることができるのか楽しみだ。