汗牛未充棟

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『マルドゥック・アノニマス5』冲方丁――新たな家族を迎えるバロット。再生の5巻。

 マルドゥックシティという巨大都市を舞台に、能力者たちの闘争を描く『マルドゥック・アノニマス』。5巻ではバロットが、かつての自分を思わせる少女アビゲイルと向き合います。

 

マルドゥック・アノニマス 5 (ハヤカワ文庫JA)
 

 

○前回までのあらすじ

 ハンター率いる<クインテット>は、マルドゥックシティ中のエンハンサー(強化能力者)たちを次々と取り込み、次第に勢力を拡大していた。彼らに対抗するため、ウフコックたちはイースターズオフィスを中心に対抗勢力を組織し、ついに両者は衝突する。双方に甚大な被害を出した闘争だったが、結果的にハンターはイースターたちの手を逃れ、ウフコックがハンターに拉致されるという最悪の結末を迎えた。

 高校の卒業旅行から帰宅した翌日、ことの顛末を聞かされたバロットは、ウフコックの救出を決意し、法学生として大学で学ぶ傍ら、オフィスの調査にも協力するようになる。そして、捜査の過程でハンターの過去に手をかけるのだった。

 また、捜査に関わるなかでバロットは一人の少女と出会う。その少女、アビゲイル・バニーホワイトもまたエンハンサーであり、バロットと近いバックグラウンドを抱えているのであった。


○バロットサイド

 アビーことアビゲイル・バニーホワイトは、ハイスクールで麻薬の売人をしていたときに、客にナイフで刺され、その傷の治療の際にエンハンサーにされてしまった過去を持ちます。アビーに自分の過去を重ねたバロットは、アビーにも自分と同じように生活を保護され学校に通う権利がある、すなわちアビーも救われなければならないと主張します。

 しかしそのように主張する割りには、どこか他人事として接していることをライムに指摘されます。そしてバロットはかつて自分がイースターやウフコックに救われたときのように、バロット自身がアビーを救うことを決意するのでした。

 そうしてバロットはベル・ウィングとともにアビーを家族に迎え入れ、姉妹のような関係を築いていきます。はじめは反発していたアビーが徐々に絆されていく過程が丁寧に書かれており、冲方丁のおくる最高の姉妹百合が堪能できます。

 個人的なハイライトは、バロットが二十歳の誕生日を迎えるシーン。声帯の再生手術を控えたバロットに、アビーは自身の再生の象徴ともいえる品物をバロットに贈ろうとします。”あたしが持ってるものの中で一番大事なものをあげたくて”と言うアビーや、そのことを”自分自身の一部を切り分けて差し出そうとする”という描写に愛情の深さを感じて痺れました。

 そうした経験を経て、バロットはとっくに葬り去ったと思っていた過去の自分を、”正しく”受け入れます。このことこそ、声帯の再生以上に、ルーン・バロット・”フェニックス”の再生を表しているように思いました。

 


○ハンターサイド

 次々とエンハンサーを傘下に引き入れ、<クインテット>を拡大していくハンターは、市長勢力と目される「シザース」と敵対することになります。このシザースは戦闘能力こそありませんが、人格を共有しており、都市のあらゆる組織に潜り込んで物事を裏から操ります。

 そんなシザースからハンターはとある「攻撃」を受けます。一応詳細は伏せますが、言うなれば強力な精神干渉といったところでしょうか。しかも干渉されたという痕跡や前兆もなく、攻撃を受けていることを全く自覚できない類いのものです。もはやご都合主義の超展開でしか対処できないようなクソ能力ですが、これをハンターは自身の共感の能力や、仲間の人格転写能力などを駆使して突破口を開いていきます。

 

 また、これらバロットパート、ハンターパートと並行して展開し、両パートが進行した先にある二度目の激突を描いたウフコック奪還パートでは、<クインテット>傘下の<誓約の銃(ガンズ・オブ・オウス)>に所属するエンハンサーたちが続々と登場し、能力バトルものとしても更なる盛り上がりを見せています。

 

miniwiz07.hatenablog.com

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