汗牛未充棟

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二頭の麒麟児が日本の未来を拓く――冲方丁『麒麟児』

 

麒麟児

麒麟児

 

 

 

 慶応四年三月。鳥羽・伏見の戦いに勝利した官軍は、徳川慶喜追討令を受け、江戸に迫りつつあった。軍事取扱の勝海舟は、五万の大軍を率いる西郷隆盛との和議交渉に挑むための決死の策を練っていた。江戸の町を業火で包み、焼き尽くす「焦土戦術」を切り札として。 
和議交渉を実現するため、勝は西郷への手紙を山岡鉄太郎と益満休之助に託す。二人は敵中を突破し西郷に面会し、非戦の条件を持ち帰った。だが徳川方の結論は、降伏条件を「何一つ受け入れない」というものだった。 
三月十四日、運命の日、死を覚悟して西郷と対峙する勝。命がけの「秘策」は発動するのか――。 
幕末最大の転換点、「江戸無血開城」。命を賭して成し遂げた二人の“麒麟児”の覚悟と決断を描く、著者渾身の歴史長編。 

 

 

◼イントロ

 オールジャンルのエンタメ作家冲方丁の最新作は歴史小説。舞台は江戸末期、江戸無血開城の顛末が勝海舟の視点から語られる。
 侍の物語ではあるものの、派手な戦闘描写はなく、あくまで勝と西郷の会談を核として物語が描かれている。そう聞くと地味なお話に聞こえるかもしれないが、会談の場面は十分に緊張感を持って描かれる。何より、戦闘の場面が描かれないことこそが、勝と西郷が掴みとった成果なのだろう。

 


◼勝と西郷

 物語はあくまで勝の視点から無血開城とその前後の歴史が語られる。勝海舟とはどのような人物だったのだろうか。教科書ではそれこそ、無血開城の場面において幕府側として交渉にあたった人物としか分からないが、『麒麟児』からは「焦土戦術」をちらつかせるなど、苛烈な性格も読み取れる。しかし、それも全て江戸の民をひいては日本国民の将来を案じての策であった。本書からは仕えるべき主からは冷遇されるものの、民のために献身的に働き続ける勝の姿が感じられた。そしてそれは、西郷にも当てはまるだろう。
 視点が西郷に移ったり、西郷の内心が語られることはないが、それでもやはりもう一人の主人公といっても過言ではない存在感を放っている。直接の交流がほとんどない二人だが、言葉はなくとも阿吽の呼吸で通じ会う様は本書の見所ではないだろうか。

 

 

◼対話

 繰り返すようだが、本書の核は勝と西郷の会談にある。思えば最近の冲方作品は会話劇が中心となるものが増えているのではないか。例えがば2019年1月に劇場公開される『十二人の死にたい子どもたち』も話し合いが中心の物語であるし、SFマガジンで連載中の『マルドゥック・アノニマス』も対決の舞台が法廷へと移っていくことが予告されている。新作12話が劇場公開される予定の『蒼穹のファフナー』もミールとの対話が重要な要素のひとつだったように思う。
 これも作者の試みのひとつなのだろうか。バトルアクションの描写も相変わらず魅力的だが、会話による対決のシーンも今後注目したい。