汗牛未充棟

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オキシタケヒコ『筺底のエルピス』2~4巻感想

 オキシタケヒコ筺底のエルピス』、第2章「夏の終わり」第3章「廃棄未来」について、読後の余韻が残っているうちに、いくつか感想を書いておこうと思います。
 ネタバレには特に配慮しませんので、ご注意ください。

 

 

〇推しキャラ 一人目  朱鷺川ひかえ

 叶や結の通う十束高校の生徒会長。1巻でも少しだけ登場しましたが、2巻から本格的にストーリーに絡むようになりました。初対面のはずの圭をあからさまに毛嫌いするひかえは、「堅物で男嫌いな生徒会長」という一種記号的なキャラ設定で、登場時はちょっと苦手なキャラクターだなと感じていました。しかし、2巻の中盤でその正体が明らかになります。「いくらなんでも圭のこと嫌いすぎじゃない?」という違和感に明確な理由が与えられる見事な展開でした。

 カモフラージュであるはずの高校生活で生徒会長になってしまうような真面目な少女であるひかえが、式務の務めを果たすべく厳しく育てられ、己を律しながら生きてきたことは想像に難くありません。きっと当主の燈を護り、助けるために多くの研鑽を積んできたのでしょう。

 しかし努力もむなしく、《門部》と当主の燈は、敵組織の襲来によってあっけなく危機に瀕してしまいます。実際のところ外園の諜報活動は一因にすぎなかったとしても、「自分のせいで」「自分が気づけていれば」とひかえは自分自身を呪うのでしょう。

 続く事態はさらにひかえを追い詰めます。《門部》の残党は本拠地を捨てて《I》からの逃走を図りますが、そもそも情報の管理と統治を担う式務の人間であるひかえは、逃走劇においては足手まといでしかありません。そして努力とか研鑽とか、そういったものが全く意味をなさないような、圧倒的な暴力によって大切な友人までも奪われてしまいます。

 徹底的にうちのめされたひかえですが、それでも前を向き進みだします。そして”控”という名が示す、「当主・燈の天眼を移植するための予備の器」という与えられた役割ではなく、”朱鷺川ひかえ”という一人の人間として宿敵エンブリオに立ち向かい、見事に役割を果たすのでした。

 努力家がいくら努力をしてもどうにもならない壁にぶつかったとき、それでも折れずに挑戦すること。無駄を承知で前進を決断する様が胸を打ちます。


〇推しキャラ 二人目  ヒルデ・トールヴァルト

 《I》の柩使いで、《門部》の残党を追う追跡チームの一人。《エース・シャター》率いる”シャターズ・カンパニー”に所属していましたが、カンパニーの解体に伴いバックアップの二人とともにエンブリオの傘下に吸収され、「猟犬」とチームを組むことになった「猟師」です。

 《ティン・ガン》というコードネームを授かりながらも本名を名乗り続けたヒルデ。彼女の芯には、心の雷管を他人に叩かせてはいけないという父の教えがありました。そんなヒルデですが、悪意と欲望のままに動くエンブリオの下についてしまい、理不尽に振り回されることになってしまいます。しかしヒルデの本当の受難はその先にありました。エンブリオのさらに上位から受けた指令は仲間の柩使い(=覚者)たちを殺して回ることだったのです。

 覚者の持つ第二心臓は脳のバックアップ機能を備えています。黒鬼の活動によって人口が激減したとき、この第二心臓をもった覚者の数が相対的に増えてしまうと、殺戮因果連鎖憑依体の標的が人間の脳から第二心臓に移ってしまうかもしれません。それを防ぐためには、人口の減少に合わせて覚者を間引いていかねばならないというのです。(作者の設定の詰め方に驚きます。)

 その役目を任されたのがヒルデでした。特に明言はされていませんでしたが、標的の中にはかつてのカンパニーの仲間たちも当然含まれていたことでしょう。そうであってもヒルデは、「命令だから」と他人に心の雷管を叩かせるのではなく、自分自身の決断で撃ち続けたのだと思います。

 そんなヒルデは最後まで民間人の救助に努め、叶に真実を告げて涙を流します。仲間を撃ち続けてなお、彼女は泣き虫な”そばかすのヒルデ”を捨てずにいられたのでした。それはきっとヒルデという本名と父の教えを錨として持ち続けていたからでしょう。

 エンブリオ含む覚者たちに勝ち続けたという実力も含め、あらゆる意味で”強い” キャラクターだと思います。

 

〇《門部》というパンドラの箱

 そもそも『筺底のエルピス』とは「パンドラの箱」の伝説にちなんでつけられたタイトルでしょう。パンドラの箱が開かれたとき、そこからあらゆる災いと絶望が飛び出して世界を覆いました。今回《門部》というパンドラの箱を開けたのは《I》でした。圭や叶たち《門部》の残党たちにとって状況はあまりにも絶望的でしたが、《門部》陥落によって発生した「人類滅亡が確定した未来」というのは《I》を含むすべての人類に等しく降り注ぐ災いでした。

 しかし、伝説の通り箱の底には一つの希望が残っています。それは、《門部》の残党が本拠地最深部に展開された停時フィールドにたどり着き、ワームホールをくぐって過去に戻ることで、滅亡確定のこの世界線を廃棄するというものです。しかし圭や叶たちにはエンブリオの襲撃をはじめ、あらゆる苦難が降り注ぎます。

 メタ視点で物語の展開を考えると、どのような形であれこの《捨環戦》に《門部》が勝つことは既定路線だったのではないでしょうか。だからこそ物語の最後までカメラは叶に寄り添い続けたのだと思います。「未来を取り戻した!ハッピーエンド!」という締め方ももちろんあったでしょう。しかしそのエルピスは、本当に最後に残った唯一のエルピスであり、1週目の叶はそれ以外のすべてを失ってしまいました。

 私としてはせめてヒルデがついてきてくれたと思ったのですが、過去に錨を降ろして自身の在り方を保ち続けたヒルデは、それだからこそ廃棄される世界を捨てられなかったのだと思います。

 絶望的な状況にハラハラしながらも、心の隅にあった「でもどうせ主人公たちが勝ってすべてを取り戻すんでしょう」という気持ちに、この終盤を突き付けられて、私は完全にノックアウトされました。

 

 

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