汗牛未充棟

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雪の夜、再演される密室事件。”普通”と”特別”を巡る学園ミステリ——陸秋槎『雪が白いとき、かつそのときに限り』

 

雪が白いとき、かつそのときに限り (ハヤカワ・ミステリ)

雪が白いとき、かつそのときに限り (ハヤカワ・ミステリ)

 

 

 日本在住の中国人作家、陸秋槎。『元年春之祭』に続く二作目の邦訳長編が本書となる。
 個人的には初めて手に取るハヤカワポケットミステリの作品となった。独特なトールサイズとビニールのカバー、黄色く色付けられた小口と、ならではの手触りになんだか高揚感を覚えた。

 

■あらすじ

 舞台となるのは中国の地方にある高校。そこでは数年前に不思議な事件が起きていた。雪の降った夜に屋外で寮生が死亡していたのである。様々な状況、特に被害者の周囲に加害者の足跡が存在しない(いわゆる雪密室?)ことから、当時は自殺として処理された。
 生徒会長の馮露葵(ふう・ろき)と寮委員の顧千千(こ・せんせん)は、図書館司書の姚漱寒(よう・そうかん)の協力を得て過去の事件の真相を探るが、その事件をなぞるように新たな死者が出てしまうのだった。

 日本の新本格に多大な影響を受けたという陸秋槎。もはや"動かぬ証拠"を探すべくもない過去の事件であるという前提になされる多重解決など、ミステリ部分にも何度も驚かされたが、個人的には中心となる三人の登場人物の葛藤に注目したい。

 

■三人の女性

 寮生の不安を受けて五年前の事件をもう一度調べることを提案するのは、生徒会寮委員の顧千千。省内でもトップクラスの実力である顧千千は長距離走スポーツ特待生として入学したが、顧問と衝突して部活動を退部する。特待生の立場を失った顧千千は勉強にも追い付けず、次第に落ちこぼれて不登校になっていた。
 それを当時の生徒会長の依頼で助けたのが馮露葵だったのである。馮露葵のマンツーマンの指導により、どうにか"普通"程度の学力を取り戻した顧千千は、馮露葵に対して友情を感じるが、馮露葵の態度はどこか素っ気ないものだった。
 

 ——馮露葵が男子だったとしても、きっといつまでたっても自分だけが一方的に想いを寄せて終わるだろう。現在も同様に、彼女のことはいちばんの友人だと内心思っているというのに、あちらは変わることなくそっけない態度で、事務的なやりとりが続いているだけだった。
 ——いったいいつになったら、あの子のほんとうの友達になれるんだろう。(p.32)

 

 その馮露葵は学業優秀で生徒会長としての人望もあるが、「なんの変哲もない優等生」と自称するように、何事も平均以上にできても特別なひとつの才能を持たない自分をもどかしく感じているようだ。

 

 そんな二人に協力するのが姚漱寒である。姚漱寒は大学を卒業してすぐ、母校に司書として赴任し働いている。私は彼女の次の台詞にとても共感してしまった。

 

「自分の位置を早く認識しておけばまだ気楽に生きていけるってだけ。私は二、三線都市の学校で静かに司書をやっている端役でしかないの。それ以上の野心はないし、いまの生活を変えたいとも考えない。生活の苦しい人を見れば同情して、見栄えのいい生活を送ってる人を見ても大して羨まないーーそう生きていれば、いくらか気楽でいられる」(p.132) 

 

 それなりの労働をしてそれなりの対価を得る。そこに苦労はないが、人生の輝きのようなものもない。そういう人生を自分で選択したはずなのに、楽しかった高校時代に思い描いていた将来は、本当にこうだったのか(姚漱寒と自分を絶賛混同中)。彼女の言動からはそのような迷いが感じられる。

 

■才能のなかったあなた(わたし)へ

 この「才能あふれる理想の自分」と「現実の自分」のギャップが、この事件のテーマになっているようにも思える。
 この問題に対する回答のようなものは、エピローグでとある人物によって語られているが、私はこれを「大人になって自分に才能がないことに気づいてしまった人たちへのメッセージ」と受け取った。本書を読んで感じたことを大事にしていきたい。