汗牛未充棟

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森博嗣「リアルの私はどこにいる?」――ヴァーチャルへログイン中に消失したリアルの肉体の行方は。未来を演算するWWシリーズ第6弾!

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 今でこそ「リアル」と「ヴァーチャル」が対義語として使われているが、やがて「ヴァーチャル」がもう一つの「リアル」になりついには「ヴァーチャル」こそが「リアル」になる。そんな未来を予感させる内容だった。

 

 およそ200年ほど未来の世界を描くWWシリーズの第6弾。科学技術の発展したこの時代、人間は不老・長寿命を得た代わりに生殖能力を失っており、人工的に作られた人間”ウォーカロン”とともに社会を運営している。

 主人公のグアトはかつて、一見して区別のつかない人間とウォーカロンの判定器をつくる研究をしており、そのために数々の事件に巻き込まれた。今では前線を退き、元は日本の情報局員であったパートナーのロジとともに、ドイツで楽器職人として暮らしている。しかしその経歴のために、グアトのもとにはウォーカロン絡みの厄介ごとが頻繁に持ち込まれるのであった。

 

 今回グアトに依頼を持ち込んだのは、以前にグアトが目覚めさせた超国家的な規模の人工知能であるアミラ。彼女の紹介で引き合わされた人間の女性、クラーラ・オーベルマイヤはグアトに奇妙な体験を語る。

 なんでも職場に設置されている判定器をたまたま使用したところ、自身のことをウォーカロンだと判定されたというのだ。もちろんそうした機械に100%の精度はなく、なんらかの誤りがあったのだろうとクラーラも理解したが、事件はその後に起こる。クラーラは研究室からヴァーチャルにログインして仕事をしていたが、その間にリアルの体が消失してしまったというのだ。

 リアルの世界にログオフできず、ヴァーチャルの世界に留まらざるを得ないクラーラ。彼女は半年前に事故に遭って大きな手術を受けた際に、ウォーカロンの体に挿げ替えられてしまったのではないかと主張する。

 肉体の交換について、技術的には可能であるとグアトは判断するが、そのために必要な莫大なコストに見合う動機に説明がつかない。グアトはロジとともに調査を開始する。

 その調査の最中、彼らのもとにとあるニュースが舞い込む。中央アメリカでヴァーチャル国家が独立したというのだ。独立の手続きは民主的に行われ、移住の希望者が殺到しているとニュースは伝えるが、はたして何が起きているのだろうか。クラーラの体を探すうちに、二つの事件の意外な繋がりが見えてくる。

 

 リアルの肉体を捨ててヴァーチャルへシフトした人物は、シリーズ中でも何度か登場したが、今回は遂に国家規模でのシフトが発生した。本書は「リアルの私はどこにいる?」というタイトルだが、ヴァーチャルシフトした人物にとってはヴァーチャルの世界こそが「リアル」ということになる。いくつもの「リアル」が存在する世界で、グアトたちは真実を掴むことができるのだろうか。

 

 また、既に研究者としてはほぼ引退しているはずだが、相変わらず何らかの敵対勢力の標的にされるグアト。今回はその余波で、いつもクールに振る舞うロジの珍しい一面が引き出されていて、読者としては嬉しい展開だった。