汗牛未充棟

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塗田一帆『鈴波アミを待っています』――Vtuber、そしてVRの現在と未来を描く物語

 

 

 Vtuber(バーチャルYoutuber)とは2Dや3Dのキャラクターをアバターとして活動する配信者のこと。

 企業に所属しない個人勢ながら、そのVtuberとしてトップクラスの人気を誇っていた「鈴波アミ」だったが、活動一周年を記念する配信が予定時刻になっても始まらず、そのまま消息を絶ってしまう。

 視聴者の一人として配信の始まりを待機していた主人公も、突然の「推し」の失踪に強いショックを受けるが、視聴者の仲間たちと過去配信の同時視聴をしながら、復帰を信じて鈴波アミを待つのだった。

 過去配信の同時視聴は、話題を聞いてやってきた新規リスナーも交えながら、毎日和やかな雰囲気で行われていたが、やがてそこにネットの悪意が襲いかかる。そんななか、主人公はとあるVRSNSの中で、鈴波アミにつながるかもしれない僅かな手がかりを掴むのだった。
 
 この主人公だが、自分は推しの配信者にたいした貢献もできないただのいち視聴者に過ぎない、というコンプレックスが印象的に書かれている。

 例えばイラストが得意であればファンアートを描いて応援できるし、動画編集の技術があれば切り抜き動画を作って推しの魅力を拡散することができる。しかし主人公はそういったコンテンツを生み出すスキルを何も持っておらず、フリーターゆえにドネーションなどの金銭的な支援を行うことも難しい。そんな自分を主人公は「優良な視聴者ではない」と卑下するのだ。

 しかし、ファンアートなどのコンテンツを生み出せなければ優良な視聴者ではないというのは、果たして本当にそうなのだろうか。鈴波アミのために奔走する主人公を追ううちに、その答えも自ずと明らかになるだろう。*1

 

 ちなみにタイトルの「鈴波アミを待っています」とは配信の待機画面に表示される文言のこと。配信者が設定したライブ配信の開始時間になると、実際に配信が開始されるまで「○○(配信者の名前)を待っています」と画面に表示される。

 本来は期待が最高潮に膨れ上がる瞬間だが、その表示がいつまでたっても変わらないとなれば、逆に不安を象徴する文言となってしまう。

 物語の終盤、「鈴波アミを待っています」というこの文言に新たな意味が与えられる瞬間は感動必至の名場面だった。

 

 なお、本作は集英社によるジャンプ小説新人賞2020でテーマ部門《金賞》*2*3を受賞した作品を長編化したもの。長編版は賞を主催した集英社ではなく、SFに強い早川書房からの出版となった。とはいえ物語は2020年の日本を舞台にしており、コロナ禍やVtuberをめぐるネットの空気感など、かなり現実が反映されている。

 ただしVRSNSに関しては、現実よりもかなり普及、発展した社会を描いているように感じた。VRSNS(ソーシャルVR)とはバーチャル空間のなかでユーザー同士が交流できるサービスのこと*4。現実にはVRchatなどがその代表例だろうか。*5作中では「NagisaVR(NVR)」という名のこの空間が物語後半で重要な舞台となる。

 鈴波アミも失踪前はNVRから頻繁に配信を行っており、そんな彼女や主人公の知人のVR技術者の口から語られるVRの未来は、著者の先見性の現れかもしれない。

 このようにVtuberそしてVR技術の現在と未来を描いた本作だが、少し物足りなく感じるところもあった。それは本作の肝である鈴波アミというVtuberについて。

 デビューから一年足らずで大人気となった彼女の魅力は、そのトーク力にあるのだと主人公は言う。しかしその素晴らしさについて主人公が力説するばかりで、もっと具体的なリスナーとのやり取りが描写されれば、読者としてもより鈴波アミというキャラクターを愛せたように思う。

*1:2022.4.20 追記

*2:ちなみに本作が受賞したテーマは「このオビに合う小説」というもの。帯には「最後の一行で涙が止まらない!」と書かれている。https://j-books.shueisha.co.jp/prize/

*3:ちなみにちなみに、長編版の帯にはその文言は使用されていない。

*4:ソーシャルVRとは?コミュニケーションをアップデートする技術の未来 - Motto AR│PC・スマホのその次へ。あなたのチカラに、もっとAR

*5:私が把握していないだけで、VRchat内では作中のような盛り上がりを見せているのかもしれない。