汗牛未充棟

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カミツキレイニー『魔女と猟犬』――表紙のインパクトだけじゃない!練りこまれた構成と演出による王道ファンタジー衝撃の開幕!

 2020年10月に刊行されたカミツキレイニーの新作『魔女と猟犬』は、まずその派手な表紙に目が止まります。赤一色の背景にバストアップで描かれた女性は、長い銀髪に、白い✖印が走った真っ赤な瞳、さらには開いた口からマゼンタの舌がとびでていて、一度見たら忘れられないインパクトの強さです。

 専門学校HALのCMで知られる、イラストレータLAMの魅力が詰まっていて、バチバチにキマった表紙ですが、内容の方も負けず劣らず構成や演出が見事にキマった傑作でした。

 

魔女と猟犬 (ガガガ文庫)

魔女と猟犬 (ガガガ文庫)

 

 

 舞台となるのは”火と鉄の国”キャンパスフェローと、隣国の”騎士の国”レーヴェ。小国ながらも武器や防具の輸出で財政を維持していたキャンパスフェローは、いま”竜と魔法の国”アメリによる侵略の危機にあります。

 独占する魔術師の力を背景に迫るアメリアに対し、キャンパスフェローの領主バド・グレースが考えた対抗策は、人々に忌み嫌われる「魔女」を味方に引き入れることでした。魔女とは、生まれながらに魔法が使え、アメリアの管轄外で生きる者たちのこと。そんな魔女の一人が隣国のレーヴェで捕らえられたとの知らせを聞き、バド一行は魔女の引き渡しを求めてレーヴェへと向かいます。

 引き渡しの交渉は事前に済んでいたはずでしたが、そう簡単にはいきません。そもそもレーヴェで捕まった「鏡の魔女」というのは、レーヴェの王妃となるはずだった女性であり、結婚式の日に重臣共々レーヴェ王を虐殺した罪で捕まっているのでした。キャンパスフェローからの取引に商人気質である王弟オムラは応じましたが、騎士団の近衛隊長フィガロは魔女を処刑すべしとして、取引に反対します。

 物語前半は鏡の魔女を中心に、キャンパスフェローと王弟オムラ、そして騎士団という三者の思惑が絡み合い、次々と状況が動いていきます。この展開の早さも映画的で面白いのですが、そのなかで差し込まれる戦闘シーンが非常に動的で素晴らしいのです。

 主人公であり、キャンパスフェローの領主に代々使える暗殺者、通称”黒犬”のロロは、鏡の魔女を護送中の騎士団を襲撃します。走行中の馬車の中で見張りを首尾よく倒したロロでしたが、襲撃を予期していた近衛隊長により、騎馬によって周囲を包囲されてしまいます。そこからの戦闘シーンが、馬車から敵の騎馬に乗り移ったりといった三次元的な動きがふんだんに組み込まれていて、読みごたえがあります。

 その翌日、街中で尾行の気配を感じたロロは尾行者を逆に迎え撃ち、逃げた尾行者を追って、追跡戦が始まります。こちらも走行中の馬車に便乗したり、洗濯紐を使ったり、街中のギミックを利用した動きの大きい派手なものでした。どちらの戦闘ももちろん文章で書かれたものですが、とても映像的で面白かったです。ちなみに護送馬車への襲撃戦では、囚われた元王妃が魔女”ではない”ことが判明し、状況は混沌を極めていきます。

 もう一つ注目したい演出ポイントは、魔術師の登場シーンです。鏡の魔女を裁く魔女裁判のために招聘されたアメリアの魔術師たち。その初登場は食事のシーンでしたが、その雰囲気ははっきり異常です。改造修道服や両目を完全に覆う包帯など異様な服装に身を包み、それぞれが自分の都合で話すために会話は微妙に成立しません。さらには食事のあとにメイドたちが片付けをしようとすると、食器や椅子が半分だけ溶けているという有り様でした。王道といえば王道な演出かもしれませんが、それだけに効果は十分。これから対立するであろう魔術師たちのおぞましさがしっかりと印象づけられます。

 さて、ここまでで物語は約半分。魔女裁判を経て、バトル盛り沢山の怒濤の終盤へと繋がっていきます。鏡の魔女の正体は、バド一行の行く末は、そして一大サーガの幕開けをぜひ読んでいただきたいです。