汗牛未充棟

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探偵たちの物語――森博嗣「Xシリーズ」 part 1

 
 Gシリーズが続くなか、並行して開始されたのがこのXシリーズだ。この展開は計画通りのものだと公式サイトで著者も述べている。*1
 Gシリーズの6作目『η』と7作目『α』の間で作中の時間がかなり跳ぶのだが、その間に刊行された『イナイ×イナイ』『キラレ×キラレ』『タカイ×タカイ』で語られるエピソードがちょうど『η』と『α』の間の時期のもので、なるほど確かに計画的だなと思わされた。作者が「自分でもまだこの物語がどう終わるか分からない」と語ることはままあるが、森博嗣作品においては展開が完全に著者のコントロール下にあることが一つの特徴ではないか。
 
 Xシリーズには他シリーズでも名前の出た椙田泰男が登場するが、主人公は彼の事務所に勤める助手(もしくは秘書)の小川と、事務所に入り浸る芸大生の真鍋である。椙田の本業は美術品の鑑定だが、探偵業も営んでいることになっており、そちらの依頼が来ることもある。それは主に『イナイ×イナイ』で知りあった探偵・鷹知からもたらされることが多く、小川と真鍋は彼と協力して事件に関わっていく。
 過去のシリーズでは、犀川や西之園、もしくは海月といった教員や学生が物語上の探偵”役”を務めることが多かったが、Xシリーズではまさに探偵を生業とするキャラクタが事件の謎に向き合うこととなる。しかし探偵とはいっても、安楽椅子に座り煙草をくゆらせ僅かなヒントから事件を解決に導く「名探偵」ではない。かといって「探偵の仕事なんて浮気調査と迷子の猫の捜索ぐらいのものさ」といったような逆にステレオタイプとなった探偵像でもない。彼らは関係者への聞き込みや、警察内の知り合いに探りを入れたり、情報交換をしたりと、地道な調査をひたすら続ける。
 作中で鷹知は探偵の仕事について、「時間をかければ、誰だってわかる情報を集めてくるだけのことだよ。単に、それだけの時間をかけられる人間がいないだけ」*2と述べている。キャラクタとしての探偵ではなく、職業として探偵を選び社会の中で生きる人の生活が書かれていて面白い。
 
 このXシリーズだけを読んでも楽しむことができるが、事務所に姿を見せず何をしているのか全く分からない椙田の存在や、その椙田が徹底的に避けようとする助っ人役の大学教員西之園など、他シリーズへのフックとなるような要素も多くあり、読めば読むほど奥行きを感じることができる。
 
 
イナイ×イナイ PEEKABOO (講談社文庫)

イナイ×イナイ PEEKABOO (講談社文庫)

 

  椙田泰男事務所を訪れた一人の女性、佐竹千鶴の依頼は、「行方不明の兄の捜索」というものだった。事務所にほとんど姿を見せない椙田の代わりに千鶴のもとを訪れた助手の小川令子と真鍋瞬市は、千鶴の兄が佐竹家の母屋の地下室に閉じ込められているという話を聞く。一方その頃鷹知と名乗る探偵も、千鶴の双子の妹千春から何らかの依頼を受けていた。

 小川と真鍋、そして鷹知が佐竹家に探りを入れるも、密室状態の地下牢で事件が起きる。果たして犯人は誰か、そして双子の兄はどこにいるのか。広大な旧家を舞台に新シリーズの幕が上がる。
 

 

キラレ×キラレ CUTTHROAT (講談社文庫)

キラレ×キラレ CUTTHROAT (講談社文庫)

 

 満員電車の中で何者かに切りつけられる事件が連続して発生。被害者は全員30代ほどの女性で、いずれも軽傷だった。

 冤罪被害にあった人物の依頼を受けた探偵・鷹知は小川と真鍋にも協力を依頼し、調査を始める。犯行の目的はいったいどこにあるのか、無関係に思われた被害者たちの意外な繋がりとは…。
 探偵たちの足を使った地道な調査が描かれる。
 

 

タカイ×タカイ CRUCIFIXION (講談社文庫)

タカイ×タカイ CRUCIFIXION (講談社文庫)

 

  人気マジシャンの自宅の敷地内で死体が発見された。しかし奇妙なことにその死体はなぜか高さ15mのポールの上に乗っていたのである。誰がどうやって15mもの高さまで死体を運んだのか。さらには”どうして”そんなことをしたのか。小川、真鍋、鷹知といったいつもの面々に加えて、W大の教員となった西之園も加わり、この不可思議なワイダニットに挑戦する。