汗牛未充棟

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競馬にルーレット、チンチロリンから囲碁までも――『宮内悠介リクエスト!博奕のアンソロジー』

 

宮内悠介リクエスト! 博奕のアンソロジー

宮内悠介リクエスト! 博奕のアンソロジー

 

 

読書家にして麻雀にも造詣の深いことで知られる宮内悠介が、今いちばん読みたいテーマで、いちばん読みたい作家たちに「お願い」して、ヒリヒリするようなアンソロジーができました。危険と背中合わせの愉楽を、お楽しみください。

 

 本書は宮内悠介氏が「博奕」をテーマに各作家に短編を依頼し、「小説宝石」にて順次掲載されたものが一冊にまとまったもの。執筆陣は五十音順に、冲方丁、軒上拍、桜庭一樹梓崎優法月綸太郎日高トモキチ藤井太洋星野智幸、宮内悠介、山田正紀という錚々たる顔ぶれである。…いや、「錚々たる」なんて書いてはみたものの、私は冲方丁桜庭一樹の二名の著作しか読んだことはない。まだまだ勉強不足である。しかし、今まで触れてこなかった作家の作品が読めるというのもアンソロジーの醍醐味。「博奕」という共通点以外は時代小説であったり、SFじみていたり、まったく理解できない世界観であったりとバラバラで、様々な作風を楽しむことができた。

 

 

冲方丁「死争の譜~天保の内訌~」
 私が本書を手に取ったのは、冲方丁の公式Twitterの告知がきっかけだった。五十音順でこそ冲方丁は一番目だが、目次を見てみればなんと最後の一本として配置されている。もしこれで最初に配置されていたら、これだけ読んで手を止めていたかもしれないので、個人的にはありがたい構成だったといえるだろう。
 冲方が選んだ題材は「囲碁」。冲方作品では一度扱った題材やモチーフが別作品で再度取り上げられることが多いように思える。冲方丁囲碁といえばやはり思い出されるのは『天地明察』だろう。しかし舞台は渋川春海(安井算哲)や本因坊道策よりも百年以上も後の時代、天保6年(1835)の「天保の内訌」と呼ばれる事件が中心になっている。

 囲碁に博奕のイメージはあまりないが、この時行われた勝負は碁所という全国の碁打ちを統括する役目を巡るもの。碁所にになれば囲碁を学ぶ高僧や大名の支援も受けることができる。富と名声を”賭”けた大勝負が行われたのであった。

 この碁所という役目、そもそも就任することができるのは「本因坊」「安井」「井上」「林」の四家の者だけであった。そのためこの四家が互いに争うこととなる。

 天保の内訌が起きるよりも少し前、本因坊元丈と安井知徳仙知という二人の名人が活躍していた時代は、碁所は空位の方が囲碁界が隆盛するとして、二人とも碁所には就任しなかった。しかし本因坊元丈が引退し時代が移り変ると、碁所の地位を巡って各家の名人たちが競い合うようになる。

 丁稚の身分から実力で上り詰めた本因坊丈和と、本因坊の出身でありながら跡目を丈和に譲って林家を継いだ林元美、そして井上因淑とその弟子井上幻庵因碩といった新世代が安井仙知も巻き込み碁所の役目を争う。本来は互いに勝負し実力を競うべきだが、次第に”盤外の理”と言われる裏工作が盛んになり、誰が誰の味方かもわからなくなっていく…。果たして最後に笑うのはだれなのか。

 冲方丁で「博奕」といえば『マルドゥック・スクランブル』でのカジノシーンが思い出される。博奕、ギャンブルを描いた小説として最高峰の作品だと私は思っているが、あれはイカサマも含めて全て盤上の勝負であった。今回は盤外の理が幅を利かせる勝負である。その違いもまた面白い。

 

 

桜庭一樹「人生ってガチャみたいっすね」
 桜庭一樹が描いた博奕は言うなれば「人生」だろうか。

 本作の構成は少し変則的で、序盤は2019年のとある一日と2020年のとある一日の様子が交互に描かれる。2019年時点の登場人物は銀行勤務の南とライター志望の夜市、そしてレストラン経営をしているオメルという三人の若者。南が女性で後の二人が男性だが、彼らはなんと三人でルームシェアをしている。なぜだ。ちょっと状況がすんなり呑み込めないが、別に三角関係ということもなく仲良く生活しているようだ。
 一方2020年時点の登場人物は滝谷という男と、〈ガチャ〉と呼ばれる若い女。彼らは同じ雑誌の編集者でどちらの担当作家の原稿が先に届くかという賭けをしていた。物語が進むにつれて、彼らの繋がりが次第に明らかになってゆく。

 詳しいプロフィールもないままに、短い掛け合いを読むだけで登場人物のことを好きになっていく、素敵で少し切なさの残る一編だった。

 

 

日高トモキチ「レオノーラの卵」
 賭けの内容はいたってシンプル、これから産まれるレオノーラの子どもは果たして男か女かというものだ。しかし子どもは卵から産まれてくる。
 登場人物のほとんどは「工場長の甥」や「時計屋の首」など、固有名詞ではなくその属性を示すことばで呼ばれるので、誰が誰なのか混同することもなく読みやすい。つまり「工場長の甥」はまさしく工場長の甥であるし、「時計屋の首」は胴体のない首だけがそこで生きている。
 レオノーラの母親は名をエレンディラといい、彼女の子どもが産まれるときも同様の賭けが行われた。そのときいったい何が起こったのか、そして時を経て再び行われた賭けはいったいどうなるのか。
 複雑な人間関係が収束する気持ちよさと、不条理な生態の気持ち悪さが同居する不思議な一編。