汗牛未充棟

読んだ本の感想などを中心に投稿します。Amazonリンクはアフィリエイトの設定がされています。ご承知おきください。

宮澤伊織『そいねドリーマー』――現実では初対面、でも夢の世界では恋人同士。もうひとつの”裏世界”の冒険。

 TVアニメ「裏世界ピクニック」が好評放送中の宮澤伊織が2018年に書き下ろした『そいねドリーマー』がこの度文庫化となりました。実話怪談の怪異がはびこり、危険なグリッチに溢れた恐ろしい裏世界とは異なり、想像力次第でなんでもできるもう一つの”裏世界”の冒険を、ぜひ体験してください。

 

そいねドリーマー (ハヤカワ文庫JA)

そいねドリーマー (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 高校2年生の帆影沙耶は、日常生活に支障をきたすほどのひどい不眠に悩まされていました。あるとき保健室のベッドで休んでいると、一人の女子生徒が沙耶のいるベッドに倒れ込んできます。声をかける間もなく眠りについた彼女につられるように、沙耶も久しぶりの眠りにつくのでした。その少女、金春ひつじと一緒なら眠れることに気づいた沙耶は、改めて金春ひつじと出会い、人々の眠りに寄生する「睡獣」と、それを退治する「スリープウォーカー」のことを知ります。こうして沙耶はスリープウォーカーの仲間たちと睡獣退治に挑むことになるのでした。

 

 さて、公式に「百合SF」を謡っている本作は、主人公の沙耶とヒロインのひつじとの関係にも注目です。文庫の帯にも「夢のなかでだけ、ふたりは恋人。」とあるように、夢の世界(ナイトランド)と現実の世界(デイランド)では、二人の関係性は異なります。

 ひつじが沙耶が休む保健室のベッドに倒れこんできたとき、確かに彼女たちは初対面のはずでしたが、夢の中で出会った二人は、まるで昔からの恋人同士であるかのように睦み合います。夢から覚めた沙耶は、ナイトランドでの気持ちを引きずって、つい眠るひつじの唇にキスをしてしまいますが、覚醒と同時にひつじを愛しく思う気持ちも遠いものになり、自分の行動に激しく動揺するのでした。このデイランドとナイトランドでの関係性のギャップがどう収束していくのかも見どころです。

 

 そして、もう一つの”裏世界”とでもいうべきナイトランドの造形もまた、魅力的です。人の想像力の産物であるナイトランドは、竜の棲む涸れ谷だったり、闘技場だったり、そうかと思えば病院の廊下だったりと、入るたびにちがった光景を見せてくれます。もともと映像化を見据えた設定ということで*1、ときに幻想的であったり、ときに不気味であったりと、アニメーションで見たくなるような世界観です。

 そんなナイトランドの世界で、スリープウォーカーたちは「自分は夢の中にいる」と自覚すること、つまり明晰夢を見るようにして、自在に活動します。ナイトランドでは、自分の姿すらも想像力次第であり、RPGに出てくるような装備を身に着けるだけでなく、自分の体の一部を動物に変身させたりもしながら、彼女たちは精神寄生体”睡獣”と戦います。

 しかし、そんなスリープウォーカーも万能ではありません。ナイトランドで明晰さを失えば、たちまち夢の世界に取り込まれてしまいます。そして夢の中では簡単に明晰さを失ってしまいます。夢の世界にいるという自覚を失って、めちゃくちゃな異言を吐き出す様は、面白くもあり恐ろしくもあります。認知機能をハッキングされるので、自分がおかしくなっていることに自分で気づけないという恐ろしさは『裏世界ピクニック』に共通するものがありますね。

 

 『裏世界ピクニック』の裏世界も、『そいねドリーマー』のナイトランドも、この現実とは薄皮一枚を隔てた隣に存在します。主人公たちは表の世界で日常生活を送りながら装備を整え、作戦会議をし、裏の世界の探検・攻略に挑んでいきます。こうした設定は小説だけではなくゲームでもペルソナシリーズなどがありますが、現実に軸足を起きつつの異世界探検は、転生とはまた違った面白さがあるように思います。

2020年 長編小説年間ベスト

 先日の短編小説年間ベストに続きまして、長編小説の個人的年間ベスト5を発表したいと思います。

 短編小説と同様に、買ってはいるけれど読めていない本も多くあり、反省です。特にシオドラ・ゴスの『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』などは絶対に面白いと思いつつも、長さにビビって積んだままだったりするので、来年は積極的に長編に挑んでいきたい次第です。

 一応のレギュレーションですが、2019年末から2020年内に刊行された長編小説が対象で、雑誌で連載された作品も今年単行本が出版された作品ならば、ありとしました。また、連作短編集は一作の長編としてカウントしています。

 また、順位をつけていますが、5作から漏れてしまった作品も含めて、実質全部1位ということでひとつよろしくお願いします。

 

【第5位】野﨑まど『タイタン』講談社 2020.4.20
タイタン

タイタン

 

  野﨑まどによる”お仕事”小説

 人口知能の技術が発達し、人間に代わってすべての労働を人工知能が行うようになった未来の世界で、主人公の内匠成果は、趣味で心理学を学んでいました。そんな成果のもとに、とある仕事が舞い込みます。人間が仕事をしなくてもよくなったはずの世界で、成果に与えられた仕事は人工知能のカウンセリングでした。世界に12か所存在する知能拠点のうちの一つが原因不明の機能低下に陥ったため、人工知能に人格を与え、カウンセリングによってその原因を探ろうというのが前半のあらすじ。そこから物語はロードムービーだったり、アクションだったりと、様々に展開します。

 そんな物語の軸にあるのは、「仕事」とはいったい何かという普遍的な問いかけです。なんとでも答えられそうな問いであり、それゆえに正解などないようにも思えますが、そんな問いに対して「答え」を出してしまうところが、野﨑まどのすごさだと思います。旅パートの雰囲気も良くて、広くおすすめできる一冊です。

 

『タイタン』野﨑まど――「バビロン」「HELLO WORLD」の野﨑まど、<仕事>を巡る最新SF - 汗牛未充棟

 
【第4位】珪素『異修羅Ⅱ 殺界微塵嵐』『異修羅Ⅲ 絶息無声禍』電撃の新文芸 2020.3.17 , 8.12
異修羅III 絶息無声禍 (電撃の新文芸)

異修羅III 絶息無声禍 (電撃の新文芸)

  • 作者:珪素
  • 発売日: 2020/08/12
  • メディア: Kindle
 

  「このライトノベルがすごい!2021」にて単行本・ノベルス部門1位を獲得した、異世界群像バトル小説です。完結していないシリーズものはランキングから除外しようと思ったのですが、3巻の前半でちょうど一区切りついたので、良しとしました。私がルールなので。

 舞台は人間だけでなく、エルフやドワーフワイバーンなど様々な種族が暮らす異世界。そこでは長い間”本物の魔王”が君臨しており、恐怖が世界を覆っていましたが、あるとき遂に”勇者”によって”魔王”は倒されます。しかし”勇者”は名乗り出ることなく姿を消し、絶対的強者のいなくなった世界は再び混乱の兆しを見せました。

 そのため人族最後の国家「黄都」は、世界中から強者たち、すなわち”修羅”を集め、六合上覧というトーナメント戦を行い、最後に残った一人を”勇者”として祭り上げることで、世界を安定させようと謀るのでした。

 3巻前半までは、そのトーナメントの参加者を決めるための実質的な予選の様子が描かれ、それは同時に本選出場者のキャラクター紹介パートでもありました。単純な腕力だけではない様々な強さを持った修羅たちが登場しますが、予選敗退者も含め、その誰もが魅力的に描かれます。恐らく作者の中にはキャラクターをかっこよく魅せる演出の引き出しが無限にあるのではないでしょうか。

 3巻後半でようやく六合上覧が始まったところなので、まだまだ物語の行く末に注目です。

 

『異修羅 Ⅱ 殺界微塵嵐』珪素――すべてを粉微塵にする嵐を前に、恐るべき修羅たちが激突する。謀略の2巻! - 汗牛未充棟

 
【第3位】石川博品『ボクは再生数、ボクは死』enterbrain 2020.10.30
ボクは再生数、ボクは死

ボクは再生数、ボクは死

 

  VR技術が発達した今より少しだけ未来の世界、狩野忍(28歳・男性)は世界一可愛い美少女・シノのアバターを身にまとい、高級娼婦ツユソラに会うためのお金を稼ぐため、VR空間で悪質なユーザーを射殺する過激な配信で再生数を伸ばします。現在のVtuber文化を下敷きにした、近未来ピカレスクとでも言えそうな物語が描かれます。本書のキャッチコピーにもある通り、まさに「エロス&バイオレンス」といったような内容ですが、終盤の怒涛のエモーショナルな展開も印象的でした。

 現在活躍の場を広げているバーチャルキャラクターですが、当然その裏側には「中の人」とか「魂」と呼ばれる人がいることになります。しかしだからと言って、中の人とバーチャルキャラクターが完全に同一の存在かというと、そうではないと私は考えます。中の人によるロールプレイと、受け手(視聴者)の解釈という双方向からの矢印が交わるところにキャラクターというものが生まれるのだと、私は思っているのですが、とはいえその存在が中の人に強く結びついていることに違いはありません。

 本書はそんなバーチャルキャラクターという不安定な存在の生を描き切った傑作だと感じました。

 

石川博品『ボクは再生数、ボクは死』――炎上上等過激配信!刹那主義の果てに何をつかむのか - 汗牛未充棟

 
【第2位】宮澤伊織『裏世界ピクニック4 裏世界夜行』『裏世界ピクニック5 八尺様リバイバルハヤカワ文庫JA 2019.12.20 , 2020.12.20

  実話怪談に登場する怪異が跋扈する裏世界を女子二人が探検するという、早川書房がおくる百合ホラーSF。2021年1月からはTVアニメも放送されます。

 こちらもシリーズ継続中ですが、一区切りついたのでランクインとしました。しかし『裏世界ピクニック』は最終回が多すぎて、ファイル12をもって一区切りとするのか、それともファイル15か、もしくはファイル17なのか、諸説あると言われています。(いません。)反面それは、空魚と鳥子の二人の関係性の変化がそれだけ丁寧に描かれているということでもあります。

 『裏世界ピクニック』の何が面白いかについては、TVアニメが終わるころに改めて記事にしたいと考えていますが、どうして私がハマったかについては、次の第1位をお読みください。

 

季節は冬、関係性も裏世界の恐怖も加速する!――宮澤伊織『裏世界ピクニック4 裏世界夜行』 - 汗牛未充棟

 
【第1位】小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』ハヤカワ文庫JA 2020.3.20

  結局キャラ萌えで小説を読んでいる!

 今回のランキングを考えているうちに気づいてしまったのですが、私の小説の読み方はキャラクター重視で、どれだけ登場人物を好きになれるかによって、その作品への思い入れが変わるようです。その意味でテラとダイオードのコンビは今年最強の主人公でした。

 物語の舞台は遥か遠い未来の辺境宇宙。そこで暮らす周回者(サークス)と呼ばれる人々は、氏族ごとのコロニーに別れ、昏魚(ベッシュ)という宇宙を泳ぐ鉱物資源を捕まえて生活していました。昏魚の漁は伝統的に夫婦で行うものとされていましたが、あるときテラは家出少女のダイオードと出会い、異例の女同士で漁に挑みます。旧弊的な氏族社会の中で、テラとダイオードの前には様々な障害が立ちふさがりますが、それを乗り越え、絆を深めていく二人の様が痛快な作品です。

 『裏世界ピクニック』にも通じるものがありますが、宇宙という危険で孤独な環境にあって頼れるのは己と相棒だけ、という「ふたりぼっち」なシチュエーションが私は好きなのかもしれません。

 TCRの魅力は他にも様々あり、特に終盤の「地獄の縁の罵倒大会」で互いに感情を爆発させる場面が最高だったりするのですが、やはり締めの一文が秀逸だったと思います。たった10文字と短い一文ですが、鮮烈なイメージを想起させつつ、二人の未来を予感させる素敵な締めくくりでした。

 

『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』小川一水――偏見や因習をはねのけて、ツインスターが宇宙を駆ける - 汗牛未充棟

2020年 短編小説年間ベスト

 いろんな人がTwitterやブログで年間ベストを発表しているのを見て、「これ、やりたい!」と思った昨年末。やるからには新刊を沢山読まなければということで、2020年初頭は順調に読んでいたのですが、その後読書ペースがガタ落ちに。結局気になってはいるけど読めていない作品も多くなってしまったのですが、でもやります。

 というわけで短編小説部門ベスト5です。なお、便宜上順位をつけましたが、某ラジオMCにならって上位作品は全部1位ということで、ひとつよろしくお願いします。

 

 また、対象範囲ですが、2019年末から2020年内に発表された短編作品で、過去発表済みの作品でも著者の短編集に収録されたものはあり(ex.柞刈湯葉『人間たちの話』収録作品)、書き下ろしではないアンソロジーに再録されたものはなし(ex.伴名練 編『日本SFの臨界点』収録作品)としました。私がルールだ。

 

【第5位】犬「日記」

note.com

 短編小説の年間ベストと言っておきながら、いきなりのレギュ違反で申し訳ないのですが、日記です。エッセイといっても良いでしょうか。

 去年の夏頃、マニラのカジノでの体験を書いたnoteの記事*1がバズったことで、一部注目を集めました。個人的に彼の書く文章が好きで、日刊SPA!のweb連載*2をときどき読んでいたのですが、今年の11月末頃にnoteで日記を公開していることを知り、追うようになりました。

 本人もギャンブル依存症だと自称するように、マニラの記事がバズったあとはパチンコの話題が多かったような気がするのですが、今ではほとんどギャンブルをしていないようで、日記の内容も主に日雇い仕事やアルバイトについて書かれています。だからといって単調な中身になることもなく、毎回読みごたえがあるのは、やはり文章力のなせる技でしょうか。

 日々感じる怒りや不安も赤裸々に書かれているのですが、そんな自分を一歩引いた位置から描写していて、感情が文章に滲んでこないので、負の感情に引きずられることなく日記を読むことができます。

 またその俯瞰の視線は外部にも向けられていて、同じ日雇い労働者の姿や、ネットで有名になった自身を取り巻く環境がフラットに分析的に書かれています。描写するものの善悪を文章中ではっきりと明示するのではなく、あくまでその判断を読者に委ねるような書き方が、心地よく感じました。

 3日ごとに一つの記事にまとまって公開され、1日目以降は有料(100円)となっていますが、お金を払うだけの読み応えは保証できます。いつか犬さんのエッセイ集がどこかの出版社から発売されないでしょうか。

 

【第4位】青崎有吾「暗黒犯罪天楼 マンハッタン」(星海社FICTIOS『FGOミステリー小説アンソロジー カルデアの事件簿 file.01』収録 2020.2.14)

  アプリゲーム「Fate/GrandOrder」のコミックアンソロジーは各出版社から山のように出ていますが、その小説版というの珍しいのではないでしょうか。円居挽やamphibianなど、本家FGOのイベントシナリオを手掛けた作家も参加しているなか、私が一番面白く読めたのは、『アンデッドガール・マーダーファルス』などの青崎有吾による「暗黒犯罪天楼 マンハッタン」でした。

 1977年のニューヨーク、マンハッタン島にレイシフト(タイムトラベル)した主人公は、なぜか魔術の行使が制限された状況下で、牛若丸、ロビンフッドアンデルセンとともに、聖杯を得るため金庫破りに挑みます。

 FGOのシナリオの基本は、通常の歴史とは異なる事態が発生した過去にレイシフトをし、サーヴァント(歴史上の偉人たち)と協力して、異常事態を引き起こしている聖杯を回収するというものです。よって「どの時代」の「どの場所」にレイシフトして「誰と」冒険するかという組み合わせにわくわくするのですが、他の作家がカルデア内で話を進めたり、謎の空間にレイシフトするなか、そこをがっつり設定してきたこの作品が、やはり一番魅力的でした。

 詳しくはこちらもご覧ください。

こういう企画もっと増えてほしい――『FGOミステリー小説アンソロジー カルデアの事件簿 file.01』 - 汗牛未充棟

 

【第3位】柞刈湯葉「宇宙ラーメン重油味」(ハヤカワ文庫JA 柞刈湯葉『人間たちの話』収録 2020.3.20)
人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

 

  初出はSFマガジンの2018年4月号。舞台は太陽系外縁に店を開く〈ラーメン青星〉で、「消化管があるやつは全員客」をモットーとする店主のキタカタ・トシオは肉体の構成元素からして多種多様なお客たちに連日「ラーメン」を提供します。

 地球人とはまったく違う生態を持っていても、その生物に必要な物質は「うまい」と感じるはず、という理屈の元で重油のスープやシリコンの麺が作られる様子は、調理というよりは実験という感じで、理系の用語が理解できなくても楽しく読めます。

 また、宇宙全体の社会状況や、お店のスタッフである自律ロボットのジローさんの過去など、本編とは直接関係のない情報がふんだんに盛り込まれているのも、本作の魅力です。長編にもできそうな設定をこの短さに詰め込んでいるからこその面白さ、ということもあるのでしょうが、「この世界の物語をもっと読みたい」と思わせてくれる傑作でした。

 詳しくはこちらもご覧ください。

『人間たちの話』柞刈湯葉――雪原を旅し、監視社会を楽しみ、宇宙でラーメンをつくる。そんな人間たちの物語。 - 汗牛未充棟

 

 【第2位】伴名練「全てのアイドルが老いない世界」(集英社小説すばる6・7月合併号」2020.7.1)

 吸血鬼(というよりはサキュバス)×アイドルもの。かつて人間から生命力を絞りとって生きてきた吸血鬼は、現在ではアイドルとなって多くの人々を魅了し、沢山の人間から少しずつ生命力をもらって永遠の命を生きていた。そんなアイドルたちの中でもトップ人気の二人組ユニット「リリーズ」でしたが、1977年の後楽園球場で國府田恵は引退を宣言します。それから70年、ソロで活動を続けていたリリーズのもう一人、愛星理咲の前に現れた海染真凜は、自分とユニットを組めば、現在の國府田恵の居場所を教えると持ち掛けてきたのでした。

 全てのアイドルが(アイドルとして人々に愛されている限りは)老いない世界という設定だけでも魅力的ですが、本作ではさらに近未来を舞台とします。しかし、そこで描かれる多重視界(ヴァイザ)などのSFガジェットはあまり重要ではなく、今よりも”関係性ビジネス”が発展したアイドル業界を描くために、舞台が近未来となってのではないでしょうか。人々に長く愛されるために、つまりは飽きられないように、アイドルたちは様々な関係性を模索します。

 そんななか、70年前に別々の道を選んだ理咲と恵の関係性はどんなものだったのか、そして理咲と不敵な新人、真凜の関係性はどう落ち着くのか。読者の想像力を超えてくる結末にうならされました。

 また伴名練作品では他にも、SFマガジン4月号に収録された「白荻家食卓眺望」も面白かったです。世代を超えて受け継がれる共感覚とレシピの物語です。

 

【第1位】空木春宵「地獄を縫い取る」(東京創元社GENESIS 創元日本SFアンソロジーⅡ 白昼夢通信』収録 201912.20)

  五感と感情の共有技術が実現し、人々が体験を配信・共有できるようになった近未来が舞台。主人公のジェーンは、その技術を悪用して児童買春を行う小児性犯罪者を”釣る”ための囮AIを、パートナーであるクロエとともに作っています。また、物語の途中で、室町時代の伝説的な遊女である地獄太夫の元を謎の「御坊」が訪れるという、一見本筋との関連が分からない場面が挿入されることも特徴です。

 この一年何度か話題にしてきましたが、やはりそれだけ読後の衝撃が尾を引いたのでしょう。個人的な読書体験の話となってしまいすが、読み始めてすぐは「これは百合SFだな!楽しみ!」と思っていたところを、「お前が思ってるような話じゃないぞ!」と内容でボコボコにされたのでした。結果的に「女がふたりいるぞ!これは百合だ!てえてえ、てえてえ」と曇っていた視界を晴らしてもらえたような気がしています。そういう意味で個人的にとても重要な一作となりました。

 もちろんそんな個人的な体験とは関係なく、純粋に面白い作品でもあります。アンソロジーを買わなくても電子書籍なら単体で買えますので、未読の方にはぜひ読んでほしいです。

 また空木春宵作品では他にも、『GENESIS Ⅲ』に収録された「メタモルフォシスの龍」も大傑作だったので、併せておすすめです。こちらは失恋すると女性は蛇に、男性は蛙になるという奇病が蔓延した世界での、半蛇二人の生活を描きます。

  詳しくはこちらもご覧ください。

10年代最後のSFアンソロジー!――『GENESIS 白昼夢通信 創元日本SFアンソロジー』 - 汗牛未充棟

2021年ブレイク必至!”古典”を題材に”痛み”を書くSF作家・空木春宵 商業作品まとめ - 汗牛未充棟

陸秋槎『文学少女対数学少女』――タイトルが示すものは実は○○○対○○○だった説!

 本書文学少女対数学少女』は、2014年から2019年までに中国の雑誌などで発表された短編3本に、書き下ろし1本を加えて、中国は新星出版社から2019年4月に出版された連作短編集です。著者の長編第2作『雪が白いとき、かつそのときに限り』が翻訳されたときから、タイトルだけは聞こえてきていたので、思ったより早く翻訳されて、嬉しい限りです。

 

文学少女対数学少女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
 

 

 初めてタイトルを聞いたとき、私はいわゆる「きらら系」のような世界観の物語を想像しました。つまり、文系少女と理系少女がケンカしながらも、それぞれのアプローチで日常の謎を解決していき、終わらない(かのように思える)日常を過ごすといった内容ですが、読んでみるとまったく違うものでした。特に「終わらない日常」という点においては正反対といってもいいでしょう。

 

 物語は主人公の陸秋槎(りく しゅうさ)*1が、同じ高校の寮に住む韓采蘆(かん さいろ)の部屋を訪れるところから始まります。校内誌に自作の推理小説を発表する予定の秋槎は、小説の推理の部分に瑕疵がないか、校内で一番賢いとされる采蘆に確認してもらおうとしたのでした。

 采蘆は数学の国際大会でも入賞できるほどの才能がありましたが、人付き合いが下手で他人との距離感をうまく測れるタイプではありません。初対面の秋槎は依頼を引き受けてもらう代わりに、なぜか采蘆の部屋で下着姿にされてしまいます。

 

 私はこの段階まで、「文学少女」と「数学少女」という対立項において「推理小説」は文学少女の側に属するものだと思っていました。しかし采蘆は次のように言います。

「記号化された人物、人物の行動が構成する命題、その命題からなる公理系、そこにいくつかの推論規則が加わって――それが推理小説――にして形式体系――にしてメタ数学だよ!」(p.22-23)

 本作において推理小説とはどちらかの領分にあるものではなく、文学少女と数学少女はそれぞれの立場からそれにアプローチするのでした。

 これ以降も作中作の推理小説は物語の軸となっていきます。物語の展開は一様ではありませんが、基本的には作中作を数学の理論を参考に分析・考察し、それが現実におきた事件の答えも導いていくといった構成になっています。1篇の中にそれだけ詰め込んだうえで、さらに秋槎と采蘆の関係の変化も描かれており、著者の構成力の高さに驚きます。

 

 しかし本作を読んでいくなかで一点気になることがありました。それはタイトルで文学少女と数学少女の対立を煽っている割に、文学少女の秋槎が数学少女・采蘆のライバルではなくて、ワトソン的立場に落ち着いてしまっているのではないかということです。
 ところが、ここで私は作中にもう一人の文学少女を見つけたのでした。

 

(以下、ネタバレを含みます。)

 

 もう一人の文学少女とはずばり、秋槎のルームメイトである陳珠琳(ちん しゅりん)です。秋槎が書いた小説をいつも最初に読んでいた珠琳は、ある程度推理小説に理解があるようですし、何より珠琳の大学の進路は英文科です。これはもう、疑う余地なく文学少女ですね!

 そんな珠琳はいろいろと不安定な采蘆を気遣う様子も見せますが、秋槎に対して距離感のおかしい采蘆を牽制するような言動をたびたびとります。そして4話で秋槎と采蘆が殺人事件に巻き込まれたときには、穴のある推理を披露して、秋槎だけを事件現場から連れ出します。
 これはつまり、タイトルの『文学少女対数学少女』というのは、陸秋槎を間に置いた、陳珠琳と韓采蘆の対立を意味していたのではないでしょうか!

 

 ……と、グランディ級数から一つの解を選ぶように、都合のいい要素だけ拾ってトンデモな説をぶち上げてみました。実際のところ『文学少女対数学少女』というタイトルは麻耶雄嵩の『貴族探偵対女探偵』へのオマージュだと作者自身があとがきで語っています。

 

 さて、「終わらない日常」とは正反対だったと先述したように、作中の時間は次々と進み、秋槎と采蘆、そして珠琳の三人はそれぞれ別々の進路を選びました。そこには感動の別れの場面があるわけでもなく、リアリティのある展開ではありましたが、それにしても最後の秋槎と采蘆の別れは突然で、ぶつ切りに感じました。途中明らかにとばされたエピソードもありましたし、これは続編に期待してもよいのでしょうか……。

*1:主人公の名前は著者と同名です。

2021年ブレイク必至!”古典”を題材に”痛み”を書くSF作家・空木春宵 商業作品まとめ

 2020年も残り2週間ほどとなり、年間ベストが次々と発表される時期になりました。年明けには「SFが読みたい!」の2021年版も刊行され、今年のベストSF作品が発表されるでしょう。

 しかし今回は一足も二足も早く、来年(2021年)の年間ベストに選ばれるに違いない作家、空木春宵の紹介をしたいと思います。

 

 

 空木春宵は「地獄を縫い取る」が大森望選出の『ベストSF2020』(竹書房)に収録されるなど、一定の評価を得てはいます。一方で、雑誌やアンソロジーに短編が掲載されているのみで、単著が出版されていないため知名度に乏しく、実力に見合った世間的な評価を得られていないようにも思います。

 しかし、そろそろ発表された短編の本数もたまってきたので、来年くらいには書き下ろしも加えて短編集が発売されるでしょう。そして発売されればたちまちヒットするでしょう。そうに違いない。とうことでその未来を引き寄せるためにも、フライング気味に空木春宵の紹介をしていきたいと思います。

(※ 2020.12.29 追記)2020年12月28日更新分のWebミステリーズ!にて、空木春宵の新作中編「徒花物語」が公開され、同時に21年前半に初の作品集が刊行されることが告知されました。おめでとうございます!

 ちなみに、純粋に作品リストを見たい方は、本人によるnoteの記事がありますので、そちらをご覧ください。

note.com

 

 空木春宵は、2011年の第2回創元SF短編賞にて、「繭の見る夢」で佳作を受賞してデビューしました。*1その後は主に同人誌上で作品を発表していましたが、2019年の「ミステリーズ!Vol.96」に「感応グラン=ギニョル」が掲載されて以降、東京創元社のアンソロジーで次々と短編を発表しています。

 

 空木作品の特徴としてはまず、日本の古典を題材にとってSFを書くことが挙げられます。四谷怪談から安珍清姫伝説まで、様々な日本の古典をテーマやモチーフとして作品に取り込みながら、SF的な未知の世界を描きます。

 そして社会的、性的に搾取される側にいる弱者や、性的マイノリティの側に立つ物語であることも特徴の一つです。しかしそれは、差別や偏見に打ち勝つ救済の物語ではありません。彼女たちの苦しみや悲鳴、そして復讐を克明に描く物語は、読者に彼女たちの存在を刻み込みます。

 

 以下に各短編の概要と見所を挙げていきます。

 

繭の見る夢(創元SF文庫『原色の想像力2』2012)

 現在入手困難。第2回創元SF短編賞の最終候補作を収録した『原色の想像力2』はAmazonで検索してみるとやたら高騰してしまっています。電子版もないのですが、創元社はアンソロジーの収録作品を短編ごとに電子書籍化して分売していたりと、電子化に積極的かと思いますので、読みたい方は電子化のリクエストを創元社に送ってみるのもよいのではないでしょうか。

 「虫愛づる姫君」をテーマにしたSFということです。

 

感応グラン=ギニョル(東京創元社ミステリーズ!Vol.96」2019)
ミステリーズ! Vol.96

ミステリーズ! Vol.96

 

  ミステリーズ!の怪奇・幻想小説特集に掲載された読み切り作品。怪奇小説の色が強いですが、テレパス能力を持った少女が話の軸となっており、その点でSF要素もあります。雑誌掲載作ですが、先ほどの『原色の想像力2』と比べると、ギリギリで入手可能といえなくもないでしょうか。

 舞台は大正時代、震災後の浅草。「浅草グラン=ギニョル」という芝居小屋では、その名の通りグラン=ギニョル(残酷劇、恐怖演劇)が上演されていました。舞台に上がるのは少女ばかりですが、彼女たちはそれぞれ腕や脚がなかったり、目が見えなかったりと、様々な瑕、障害を抱えています。そんな一座にあるとき無花果という新入りが加わります。一見欠けたところのないように見える彼女でしたが、実は心を失っており、その代わりに他者の考えを読み取ったり、それをまた別の人に伝えたりできる感応能力(テレパス)を備えていたのでした。

 浅草グラン=ギニョルに集められた少女たちの多くは他者によってひどく傷つけられた過去を持ちますが、その経験を経てなお、昏い好奇心を持つ観客に消費される立場にあります。そして観客たちは、「舞台に立っているのは自分でなくて良かった」と、彼女たちの不幸を踏み台にして自らの幸福、優越を確認します。そんな搾取され続ける彼女たちの中に、感情をダイレクトに他者に伝えられる無花果が加わっていくことで、彼女たち自身が、そして彼女たちの舞台がどう変わっていくのでしょうか。

 

終景累ヶ辻(創元SF文庫『時を歩く 書き下ろし時間SFアンソロジー』2019)

  『時を歩く』は歴代の創元SF短編賞受賞者の書き下ろし作品を集めたアンソロジー。宇宙SFがテーマの『宙を数える』と同時発売されました。

 時間SFとしてのテーマはループで、四谷怪談などの有名な古典の怪談のヒロインたちが、語り部かつ主人公となっています。男たちに騙され、裏切られて非業の死を遂げた彼女たちは、死後「幽霊の辻」を通って過去に戻り、何度も死の瞬間を繰り返します。主人公が記憶を引き継ぐタイプのループものではないので、死の運命は変わらないのですが、死に至るまでの過程は徐々に変わっていきます。「憐れ」で「かわいそう」な彼女たちの死に様がどう変わっていくのかに注目です。

 

地獄を縫い取る(東京創元社GENESIS 創元日本SFアンソロジーⅡ 白昼夢通信』2019)

  東京創元社の新しいSFアンソロジーシリーズに書き下ろされた傑作。翌年には、大森望が編者となった竹書房文庫『ベストSF2020』にも収録されました。モチーフとなった古典は、室町時代の伝説的な遊女で、一休宗純とも交流があったと言われる地獄太夫です。

 「感応グラン=ギニョル」ではテレパシーを使える少女が話の軸となりましが、本作では科学技術によってテレパシーが現実のものとなった近未来が舞台です。官能伝達デバイス蜘蛛の糸」と感情を共有する技術「エンパス」によって、人々は体験の共有や配信が可能となりました。しかし技術の発展は必ずネガティブな面も伴います。この五感・感情の共有技術は性産業、ひいては性犯罪においても活用され、ネットを介した遠隔での児童売春が問題化しました。主人公のジェーンはパートナーのクロエとともに、児童売春に手を出す小児性愛者を「釣る」ための囮AIを作っています。

 物語はラボにおけるジェーンとクロエ、「ジェーン」と「私」のベッドシーン、そして夜な夜な地獄太夫のもとを訪れる謎の「御坊」という三つのシーンが交互に書かれます。一見他の場面との文脈が分からない地獄太夫の場面ですが、これが何を意味していたのか分かったときの衝撃は、ぜひ体験していただきたいです。

 前述の「感応グラン=ギニョル」は大正時代を舞台にした怪奇小説、この「地獄を縫い取る」は近未来が舞台のSF小説で、時代もジャンルも全然違いますが、共通のテーマを持っており、併せて読みたい作品です。

 

メタモルフォシスの龍(東京創元社GENESIS 創元日本SFアンソロジーⅢ されど星は流れる』2020)

  安珍清姫伝説をベースに、感染症による分断やTFをテーマに取り入れたSFです。

 突如として世界中の人間が感染した<病>は、罹患者が恋に破れることで発症し、女の場合は体が蛇に、男の場合は体が蛙になってしまうというものでした。しかも、女の場合は体が完全に蛇になるまでの間、相手の男を捕食したいという強い欲求を抱きます。そのため男たちは蛇になった女たちから逃げるための<島>をつくってそこに避難し、<島>の手前には男たちを追ってきた半蛇たちが集まる<街>が形成されました。物語はまだほとんど蛇に変化していないテルミと、蛇体化がかなり進行したルイとの<街>での共同生活を描きます。

 空木作品の登場人物たちは、常に深く傷つき、血を流していますが、今作でテルミがその身に受ける傷は殊更に痛々しく、その苦しみが痛烈に響きました。彼女たちが傷つく度にその存在は読者の心に刻み付けられ、忘れ得ぬものになっていきます。

 

 最後に空木春宵と同じくSF創元短編賞出身のSF作家門田充宏による空木作品の評を引用して閉じます。

 

 

 

 ぜひ気になった短編を手にとっていただき、「痛み」を心に刻んでください。

 

*1:同じ回の受賞作は酉島伝法の「皆勤の徒」。佳作は次席の扱い。

西尾維新『人類最強のヴェネチア』――新旧キャラが入り乱れ、〈最強〉シリーズseason2の開幕!

 人類最強の請負人哀川潤が今回請け負った仕事は、天才心理学者・軸本みよりの調査活動への同行。哀川潤依頼人である軸本みより、そしてパトロン兼お世話係として鴉の濡れ羽島から招聘したメイド長・班田玲とともに、ヴェネチアの地に降り立ちます。しかし降り悪く(良く?)、そのときヴェネチアでは溺殺に異常なこだわりをみせる連続殺人鬼、通称「水の水(アクアクア)」が巷を賑わせていたのでした。

 

人類最強のヴェネチア

人類最強のヴェネチア

 

 

 西尾維新のデビュー作『クビキリサイクル』にて初登場し、作中最強のキャラクターとして君臨した請負人・哀川潤。その哀川潤を主人公として講談社ノベルスから刊行されていた〈最強〉シリーズは、シリーズ4作目の『人類最強のsweetheart』で「完結」と銘打たれていましたが、その巻末には悪びれもせず次回作の告知ページが。そして今回紹介する『人類最強のヴェネチア』の刊行と相成りました。

 じゃあ「完結」とか言うなよ、とも思いますが、ここで一度リニューアルして新シーズン開幕ということなのでしょう。人類最強・哀川潤の新たな物語はどこへ向かうのでしょうか。

 

 前シーズンとの一目でわかる違いとして、まず判型の違いがあります。『sweetheart』までは戯言シリーズからの流れをくむノベルスでの刊行でしたが、今回は単行本での刊行となりました。さらに前作までは連作短編の形式でしたが、『ヴェネチア』は一本の長編となっています。

 形式的には一新という感じですが、内容にも一つ大きな変更点が。哀川潤は文字通り「人類最強」であるため、これまでのシリーズでは主として人外と対峙してきましたが、今作ではまた人間の敵役と対決します。

 『ヴェネチア』のエピローグを読む限り、哀川潤戯言シリーズに登場した旧キャラと、〈最強〉シリーズから登場の新キャラを引き連れて、世界各地に赴き、そこで大戦争時代の知人に出会うというのが、今後のテンプレートになりそうです。

 

 今回のヴィラン、アクアクアにはあとで触れるとして、今作でまず注目すべきは、やはり班田玲ではないでしょうか。戯言シリーズ1作目『クビキリサイクル』にて、赤神財閥の令嬢にして鴉の濡れ羽島の主人・赤神イリア付きのメイド長として登場しました。

 主人に忠実で寡黙なメイドという印象でしたが、『クビキリサイクル』を読んだ方はご存知の通り、”この人”は”あの人”ということになります(一応ネタバレに配慮)。様々な騒動の中心人物として、主に零崎シリーズなどで名前だけはよく登場していた”あの人”ですが、メインキャラクターとして作中で活躍するのは『クビキリサイクル』以降初めてなのではないでしょうか。

 『クビキリサイクル』では抑えられていたその個性は、有能メイドとワガママお嬢様のハイブリッドという感じでとても魅力的でした。

 

 そしてもう一人、注目すべきはやはりアクアクアでしょう。なにせ哀川潤が「人類最強」という、作劇においては欠点としか言い様がない属性を備えているために、敵役をどうするのかという難しさは容易に想像ができます。それゆえに前シリーズでは、人外との戦いというのがテーマになっていたと思うのですが、敵が人類に戻った今こそ、より一層魅力的なヴィランが求められるでしょう。

 その点アクアクアはどうだったでしょうか。単純な戦闘能力では人類最終・想影真心以外に対抗馬が出てくるとは思えないので、その能力が絡め手となるのは必然かと思います。ただ、その能力の由来が、哀川潤の過去と結び付いたことによって、アクアクアはヴィランとしての十分な”格”を得たと私は思います。

 個人的にこの〈最強〉シリーズseason2が面白くなるかどうかは、どれだけ魅力的なヴィランを出せるかにかかっていると思うので、アメコミばりに個性的で魅力のあるヴィランの登場に期待したい所存です。

 今回のアクアクアに再登場があるかどうかは、ちょっと微妙……、というかかなり厳しいかもしれませんが、一度敗れたヴィラン同士が手を組んで人類最強に挑むという展開にも期待したいところです。

石川博品『ボクは再生数、ボクは死』――炎上上等過激配信!刹那主義の果てに何をつかむのか

 シノはきれいの中を猛スピードで駆け抜けるだけの生き方をしたかった。その先に何があるのかは知らない。(p.264)

 これは主人公・シノのモノローグです。倫理的に危うい配信活動を繰り返し、急速に配信者としてのステップを駆け上がっていくシノ。その刹那的な活動の果てに、何が待っているのでしょうか。

 

ボクは再生数、ボクは死

ボクは再生数、ボクは死

  • 作者:石川 博品
  • 発売日: 2020/10/30
  • メディア: 単行本
 

 

 2033年、世界最大のVR空間サブライム・スフィアにおいて、冴えない会社員の狩野忍は、”世界一可愛い”美少女シノのアバターを身にまといます。シノ(忍)の趣味は、女性(のアバター)同士専門の風俗店に通うこと。あるときそこで出会ったツユソラという女性に、シノは骨抜きにされますが、彼女の元に通い続けるためには資金が足りません。シノはどうにかして大金を稼ごうと考えます。

 そんなシノと組むことになるのは弱小配信者のイツキ。なかなか伸びない再生数に悩む二人でしたが、無法地帯での銃撃戦の動画がバズったことで状況が一変します。風俗通いのためにとにかくお金がほしいシノと、なんでもいいから注目されたいイツキの相性は悪い意味で最高で、これ以降彼女たちは過激な動画で再生数を稼いでいくのでした。

 炎上動画で配信者界隈を成り上がっていく様は、まるでピカレスクのよう。悪質なドッキリで炎上した配信者や、未成年と繋がろうとする悪質なアバターを殺してまわり、その様子を配信することで、金(登録者数)、権力(知名度)、女(OPF*1)を手に入れていきます。殺したギャングから奪った拳銃を、ツユソラの髪色にリペイントして愛用するところなどは見事なヒールっぷりでした。

 ここからベタな展開を考えると、あまり誉められない手段で急速に成り上がった主人公を待つのは破滅一択なのですが、はたしてどう転んでいくのでしょうか。

 

※以下、終盤までのネタバレがあります。

 

 

 

 この物語を成立させる上で、一つ重要な設定があります。それが2ALエリアの存在です。「All Against the Low」つまり「なんでもあり」のルールが設定されているエリアでは、他者のアカウントを殺すことができ、死んでしまったアカウントはそのまま消滅してしまいます。もちろん簡単にアカウントを取り直すことはできますが、元のアカウントに紐付けられたフォロワーや配信チャンネルなどは復活することはありません

 さすがにそんな無法な状況をを許すコンテンツなんてないだろうとも思いますが、その”死んだら終わり”という設定によって、シノたちの暮らすVR世界は現実に一歩近づきます。そしてVR世界の住人たちが代替不可能なオンリーワンの存在になることによって、彼らは「中の人のアバター」ということ以上の価値、存在の重みを持ち始めます

 このことに関連して、ひとつ面白いと感じた表現があります。サブライム・スフィアで有名になったシノはたくさんの女性と関係を持ちますが、その際相手の女性アバターの魂が男か女かということは一切気にする様子がありません。ただ、アバターの姿だけに注目します。また、忍は触覚(ハプティック)スーツを身に付けていないため、行為中にどこを触られてもそれを実感することはできませんが、シノが実際に感じているように描写がされます。それが事前に設定されたエモートによるものだとしても、それらの描写は狩野忍から独立したシノというパーソナルの実在を感じさせます。

 そして、物語の終盤には遂に、「シノ」が「狩野忍」という存在から解き放たれ、自由に振る舞い始めます。それはマリカワとの決着をつけるためのチーム戦のさなかでした。負けてアカウントを失うことを考えてしまい、ピンチの状況でなかなか決断ができない忍でしたが、「ならばボクが代わりに言ってやろう(p.388)」というモノローグとともに、主人格が忍からシノに移り変わったかのように動き出します。その瞬間地の文も、シノ(忍)を中心とした三人称視点から、シノの一人称視点に代わりました。そこには確かに「狩野忍」ではなく「シノ」が存在していました。

 さらには、マリカワとの決着後に明かされたツユソラの正体は、VR世界の住人というものの、究極とも言える存在でした。

 このように彼女らは確かな存在感を示しながらも、同時にとても不安定な存在であることに代わりありません。2ALエリアで死ねばお終いというのはもちろんですが、何かのきっかけで運営からBANされる可能性は常にあり、なにより中の人が飽きてログインしなければそれまでです。だからこそ、彼ら彼女らは、その瞬間を全力で楽しむことが求められます。マリカワとのチーム戦で、シノと戦うためにシノを裏切ったフォロワーに対して、シノは次のように考えます。

 最後にハシモトは謝罪の言葉を口にしたが、謝る必要などなかった。スフィアでは殺しあうことも愛しあうことも、光のきらめき、ことばの交錯でしかなく、いいも悪いも罪も罰もない。ただきらめき、交わり、結び、解ける。うつろな器でしかすくえぬものが滔々と流れている。(p.379)

 サブライム・スフィアという空間にあっては、悪行も淫行も報いを受けるべき罪ではなく、ただ刹那の瞬間を自分らしく全力で楽しむことこそが、あるべき姿なのかもしれません。

 自らの欲望に忠実に、きれいの中を全力で駆け抜けたシノの物語はもう少し続きそうですが、その先に望んだツユソラとの未来は、非常にSFチックで美しいものだと感じました。

*1:何の略称かは本編を参照してください。