汗牛未充棟

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甲田学人『ほうかごがかり』ーー異相の小学校で怪異と向き合え!新作ホラーラノベが面白い!

 

 久し振りに発売月に手に取った新作ライトノベル甲田学人『ほうかごがかり』。とても面白く読み終えました。

 

 ライトノベルでオカルトバトルではないタイプのホラー作品は珍しいのでは?

 これは一般文芸のホラー作品ブームがライトノベルにも流入したのかも!とか。

 

 うっかりすると自分の狭い観測範囲から、それっぽいことを言いたくなってしまいますが、例の騒ぎを他山の石として、気を付けたいものです。

 

 

 

あらすじ

 小学6年生に進級したばかりの二森啓は、ある日の放課後、黒板に「ほうかごがかり 二森啓」と書かれているのを見つける。

 単なるイタズラかに思えたそれだったが、異変はその日の深夜に訪れる。

 啓が自分の部屋で寝ていると、突如として学校のチャイムが鳴り響き、強制的に小学校へと移動させられてしまったのだ。

 しかもそこは啓の通う小学校に見えて、明らかに様子がおかしい。学校の敷地は墓地と亡霊らしきものに取り囲まれ、それより外の様子は暗闇に没して確認できない。さらに校内は、所々電気がついているものの妙に薄暗く、不安を煽ってくる。

 そんな奇妙な小学校に呼び出された啓は、ほかにも6人いる「ほうかごがかり」のメンバーとともに、「かかり」の活動を行うことになる。

 異界化した深夜の小学校という舞台は、まるで怪物から逃げ惑うタイプのデスゲームが始まりそうな雰囲気だが、「ほうかごがかり」の活動はそのように物理的に迫る脅威を伴うものではない。

 この深夜の小学校には、通称「無名不思議(ナナフシギ)」と呼ばれる怪談の種のようなものが存在しており、それらを「かかり」が観察・記録することで、それらが「学校の怪談」に成長するのを防ぐことができるのだそうだ。

 啓が担当することになった「無名不思議」は、屋上で赤い靄のようなものが人の形をとっている、通称「まっかっかさん」。

 観察して記録するだけ、状況に比してそれほど危険はないように思える活動内容だが、はたして……。

 

読者の想像力が恐怖を煽る

 世間にはホラーと小説は相性が悪いなどとのたまう人もいるようだが、もちろんそんなことあるはずない。

 本作では特に、起きてほしくない未来を予感させるような描写が恐怖を煽り立てる。

 

 街の灯りが消え去り、暗闇の中に浮かぶ学校の屋上

 唯一の光源である、出入り口の蛍光灯

 蛍光灯が投げかける光の輪の境界に佇む赤い影

 そして、その先にある人一人が通れそうなフェンスの破れ目

 

 意味深に配置されたいくつかの要素が、読者の想像力を刺激し、嫌でも恐ろしい展開を予感させる。

 そしてその予感が当たらないようにと祈りながらも、それを確認したくて、次々と先を読んでしまうのだ。

 

怪異と向き合う主人公の静かな戦い

 そんな「無名不思議」に対して、啓はどのように対処していくのか。

 絵を描くことが得意な啓は、「まっかっかさん」を自分のスケッチブックに描き写すことで、完璧な記録をしようとする。

 絵が得意といっても、美術の成績が良いといった程度のことではなく、家庭の事情も相まって、啓には既に芸術家としての芯のようなものをその身に備えている。

 そんな啓は絵に描き写すことで「まっかっかさん」の本質を捉えようとするが、しかし相手は不定形の靄のような存在で、なかなか形を捉えることはできない。

 それでも何とか「まっかっかさん」を捉えようとする啓の静かな戦いは、バトルものの戦闘シーンにも勝るとも劣らない緊迫感で書かれており、本を掴む手に思わず力がこもってしまう。

 

家庭環境が違う二人の友情に注目

 それとこれは個人的な好みではあるが、主人公の動機が、一緒に巻き込まれたクラスのアイドル的存在を助けるために頑張るといったような、安易なヒロイズムに偏らなかったのが良かった。

 この1巻ではむしろ、友情面がフォーカスされる。

 啓には緒方惺という2年生の頃からの親友がいるのだが、5年生になった頃から、何故か惺に避けられるようになってしまっていた。

 その惺も実は「ほうかごがかり」に選ばれており、係活動を通して交流が再開する。

 そんな啓と惺の二人は、きっと成長してからでは出会えなかっただろうと思えるほどに、家庭環境に大きな差がある。

 しかしどちらも大人びたところのある二人は、恐らくその差を理解していて、対等な関係が崩れないように、非常に気を遣っている様子が見てとれる。

 環境のちがいや、そもそも「ほうかごがかり」という恐ろしい怪現象を、彼らの友情は乗り越えられるのか、続刊に期待したい。

 

陸秋槎『ガーンズバック変換』――中世ファンタジーから現代お仕事もの、近未来SF、さらには架空伝記から異常論文まで幅広く収録された著者初のSF短編集!

 デビュー作の『元年春之祭』(2018,早川書房)をはじめ、『雪が白いとき、かつそのときに限り』(2019,同)、『文学少女対数学少女』(2020,同)など、華文ミステリの名手として知られる陸秋槎。そんな陸は、『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』(2019,同)のために書き下ろされた「色のない緑」を皮切りに、SF作品も精力的に発表している。

 そうしたSF短編を中心に、書き下ろし2編を加えた短編集ガーンズバック変換』が2023年2月に早川書房より刊行された。

 

 

 その中にはもちろん前述の「色のない緑」(稲村文吾 訳)も収録されている。この短編は大森望の手による『ベストSF2020』(竹書房,2020)にも選出されており、これで3回目の書籍収録となるが、読むたびごとに理解が深まり、著者の先見性に驚かされるような内容となっている。

 物語の語り手は、出版社でAIが翻訳した小説を脚色する仕事をしているジュディ。彼女は10代の頃に学術財団が支援するプロジェクトに参加しており、そこで同世代のエマとモニカとともに、人工言語についての研究をしていた。

 その後就職したジュディと異なり、エマとモニカは研究者の道を進んでいたが、あるときエマから連絡がありモニカが自殺したことを知らされる。なぜモニカは自殺してしまったのか。三人の女性の過去と現在が交互に描かれる。

 そんな本作には感染症の大規模な流行によって廃れてしまった商業地域が登場する。いまとなってはありがちな設定に思えるかもしれないが、実は本作が書かれたのは新型コロナウィルスが流行するよりも以前なのだ。日本でもコロナが流行り始めた2020年に本作は『ベストSF2020』に再録され、その先見性の鋭さに一部注目を集めた。

 そして、2023年現在、画像生成AIやチャットボットの急速な普及によって、著作権についてなど、様々な問題も同時に発生している。結局は人間がどうAIを使うかという問題かと思うが、実はモニカの自殺の原因にもAIの問題が絡んでいるのだ。

 いまこのときにこの作品を読み返したことによって、より深く作品の内容を理解できたように思う。そしてこのことは何より、著者の社会を見る目の確かさを証明している。

 

 さてそんな陸秋槎といえば、百合小説の書き手としても有名だろう。先述の「色のない緑」も百合SFアンソロジーのために書き下ろされた作品だが、表題作のガーンズバック変換」(阿井幸作 訳)も同じく百合SFとなっている。

 この「ガーンズバック変換」は、香川県で2020年に制定されたネット・ゲーム依存症対策条例が元ネタとなっている。

 作中ではこの条例が非常に厳しく運用されており、香川県の未成年者が着用する特殊な眼鏡ガーンズバックV」は、それを通して見る液晶画面を真っ黒にしてしまうのだ。もちろん自宅などでガーンズバックVを外せば普通に液晶画面を見ることはできるが、非常に視力が低い美優にはそれも難しい。

 そんな美優は、ガーンズバックVの模造眼鏡をつくるため、小学生の頃に引っ越してしまった幼馴染の梨々香を頼って大阪までやってきたのだった。

 大阪滞在中、美優と梨々香は、香川から大阪に進学した美優の先輩である島村と落ち合う。ネット環境を制限された香川県の学生の間では、映画や音楽の古典作品が共通言語として成立しているというのが面白い。

 美優と梨々香は幼馴染の関係ではあるが、途中で転校してしまった梨々香は美優たちの話題についていけない。その辺の関係性から生まれる微妙な緊張感も印象的だった。

 無事に模造眼鏡を手に入れた美優だったが、そこに条例に反抗する『讃岐青年同盟』のメンバーが現れる。美優の小旅行の結末はどうなるのか、そして梨々香との関係性の変化にご注目。 

 

 ここまでSF色の強い作品ばかりを紹介してきたが、短編集全体を見渡すと、そういう作品ばかりとは決していえない。例えば書き下ろしの「物語の歌い手」(大久保洋子 訳)などは、十四世紀のフランスを舞台にしたとある吟遊詩人の少女の物語となっている。

 主人公の少女は貴族の娘としてお城で暮らしていたが、こっそり訪れた酒場で出会った吟遊詩人のジャウフレに感化され、城を飛び出して吟遊詩人としての旅を始める。ジャウフレを追いかけて旅を続ける彼女は、やがて吟遊詩人たちの秘密結社に導かれていく。

 百合好きとしては、リュート弾きとして主人公にお供する侍女のステファネットとの主従の絆についてもおすすめしたいが、その関係性が作中で強くフォーカスされるわけではない。なぜなら著者曰く、この短編が”「小説以前小説」の書き方を参考に”したものだからだ。その一種独特な読み心地を楽しんでほしい。

 

 このほか、ゴーストライターの仕事を請けた小説家が作家の業に向き合うサンクチュアリ(稲村文吾 訳)、詩とその継承にまつわる三つの掌編からなる「三つの演奏会用練習曲」(稲村文吾 訳)、スマホゲームのシナリオライターが無茶振りに応えて設定づくりに苦悩する「開かれた世界から有限宇宙へ」(阿井幸作 訳)、SFマガジンの異常論文特集に公募から選出された「インディアン・ロープ・トリックとヴァジュラナーガ」(稲村文吾 訳)、当時のSF小説の影響を受けナチスにも接近した架空の作家の生涯を書いた「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」(大久保洋子 訳あ)といった計8編が収録されている。

 こうしてみると「詩/物語」や「創作すること」が、短編集全体を貫くテーマとなっているようだ。しかもそれらをポジティブに書くのではなく、そういった行為に伴う、きれいごとでは語れない部分に焦点を当てて、描き出している。

 そんなネガティブな側面にも向き合いつつ、決して創作をやめることない著者の姿勢は、だからこそ読者を惹きつけるのかもしれない。

 

〈anon press〉の「anon future magazine」が期間限定無料公開されているので、約50作の中からおすすめを4作紹介する

 人類の未来の可能性を探るような正統派SFから、身体を機械化した極道たちが暴れて臓物とルビが乱れ飛ぶサイバーパンク、さらには小説だけでなく詩や漫画まで。そんな様々な作品が掲載されている「anon future magazine」は、SF作家の樋口恭介や青山新らによって運営される〈anon press〉のnoteで公開されており、毎週水曜日の18時に更新される最新作は一週間無料、過去作品については毎月500円のマガジンを購入することで読むことができる。

 そんな「anon future magazine」が、現在1周年を記念して、6月30日まで全作品を無料で読めるようになっているので、約50作品の中からおすすめの小説を4本紹介したい。

 ちなみに無料クーポンは以下の記事から取得することができる。当然だが、無料期間をすぎると課金が発生するので注意されたい。

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 さて、始めに紹介するのは、〈anon press〉に編集としても参加している平大典「Mononokemono」。平はスケートボードをテーマにしたSFや、サイバーパンクものをいくつも寄稿しているが、今回取り上げたい「Mononokemono」はそれらとはまた趣の異なる作品となっている。

 主人公の桜井は猟師をしているのだが、彼が狩るのは普通の鳥獣ではない。"物ノ獣"と呼ばれるそれらは、半ば野生化した機械たちなのである。

 技術革新を経た近未来の日本では、様々な用途で使われる自立型の機械が大量に生産された。

 そうなれば必然的に廃棄の方法が問題となる。リサイクルが基本とされたが、中には野山に不法投棄されるものもあり、人間の制御下を離れて勝手に動き回るそれらの機械を”狩猟”しなければならなくなってしまったのだ。 

 いつものように【蜘蛛型】の自立機械を回収した桜井は、その夜珍しく【人型】の自立機械と遭遇する。なんとか撃退した桜井は【人型】に挿されたUSB端末を発見。好奇心から持ち帰ったその端末を調べる桜井だったが……。

 狩猟した自立機械の中に不審なデータを見つけるというのが、ゲームのドロップアイテムのようで個人的にはロマンを感じる。また、作中人物も様々なロマンを自立機械に託しており、ぜひその辺に注目しながら読んで欲しい。

 

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 続けて紹介するのは猿場つかさ「◯」。猿場はゲンロンSF創作講座出身の作家で、書道をテーマにした本作は抜群の読みごたえとなっている。

 主人公は銀鱗寺流の書道を極めようとする男。銀鱗寺流の師範が書く墨跡は、時の経過とともに消えたり現れたり、さらには書かれたことばを変化させることもあるというのだ。

 男は次代の師範と目されていたが、当代の師範は決して銀鱗寺流の極意を男に教えようとしない。しかも、銀鱗寺流には流派の歴史を決して書き残してはならないという厳しい掟があり、掟を破ったときには師に殺されてしまうこともあるのだという。

 しかしどうしても極意を身に付けたい男は、師範に黙って関係者や蒐集家のもとを回り、銀鱗寺流の秘密に迫っていく。

 ここで一つネタバレをしてしまうと、銀鱗寺流の書道は、紙の上に文字を書いているのではなく、時間の上に文字を書いているというのだ。そのために、書かれた文字は時間とともにその姿を変えていく。

 そんな銀鱗寺流の期限は南北朝時代にあるらしく、物語はやがて歴史戦の要素を垣間見せていく。

 奇抜な発想と壮大なスケール感、SFらしい要素を楽しみたい方に特におすすめの1編。

 

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 お次は一風変わって幻想的な恋を描いた河野咲子「奇術倶楽部の女」を紹介したい。河野もまたゲンロンSF創作講座の出身らしい。

 語り手はとある奇術師のもとでアシスタントをしている女性。その奇術師「あゆむくん」は人体切断ショウの専門家で、夜毎アシスタントの女性の四肢を切断したり、頭部を切り離して代わりに首から薔薇の花を咲かせたりと、残酷劇もかくやといったショウを演じていた。

 しかしその実、「あゆむくん」に奇術の才能は全くなく、ショウはすべて語り手の特性を利用することによって成り立っていた。そのため二人の関係は「あゆむくん」が語り手の女性に奉仕するようなパワーバランスになっている。

 さらに、二人はとある大きな秘密を共有してもいる。それは語り手の外見のモデルになった「めいこちゃん」という女性にまつわるものだ。その件もあって「あゆむくん」は語り手から離れることができない。

 そうして語り手は「あゆむくん」を我が物としているが、その一方で今はもういない「めいこちゃん」に対しても複雑な感情を抱いている。

 私自身同じ男性として、「あゆむくん」が語り手に向ける感情が、贖罪なのか愛情なのか想像しながら楽しんだ。

 幻想怪奇小説や、人間と異形の存在との恋の物語が好きな方には、特におすすめしたい一編となっている。

 

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 最後に紹介したいするのは惑星ソラリスのラストの、びしょびしょの実家でびしょびしょの父親と抱き合うびしょびしょの主人公「カナリヤ 漫才「科学者」」

 急に関係ない文字列が挿入されたかと思って驚いたかもしれないが、コピペミスではないので安心してほしい。「惑星ソラリスのラストの、びしょびしょの実家でびしょびしょの父親と抱き合うびしょびしょの主人公」までが著者名となっている。すごいことするよね。

 そんな人を食ったようなペンネームで活動する著者の作品は、やはり癖の強い中身となっている。

 「カナリヤ 漫才 「科学者」」は、そのタイトルの通りカナリヤというお笑いコンビが「科学者」という題の漫才をする様子が書かれている。

 科学者をやってみたいというボケのクドウに、テンポよくツッコミを入れていくオーハラ。二人の掛け合いを楽しく追っていくと、いつの間にかコズミックホラーな展開が待ち受けているのだ。どうしてそうなってしまうのか。

 この他にもいくつかの短編を寄稿しているので、笑える短編や、とにかく変な物語を読みたいという人にはぜひ読んでほしい。

 

 ここまで紹介してきた4編をみても分かるように、「anon future magazine」では、様々なタイプの作品が掲載されている。原稿は随時受け付けているようなので、作品を書き上げたはいいものの、カテゴリーエラーに思えてどこに発表していいか分からないという人は、「anon future magazine」に投稿してみるのもいいのではないだろうか。私もそういう変な小説が読みたい。

 


 

冲方丁『SGU 警視庁特別銃装班』――銃には銃を、凶悪化する銃犯罪にスペシャリストたちが立ち向かう!

 昨年12月の『骨灰』続き先月末の『マイ・リトル・ヒーロー』と、雑誌連載された作品の単行本化が続いた冲方丁だが、その最中に突如として刊行が告知されたのが今回紹介する『SGU 警視庁特別銃装班』

 しかもサプライズはそれだけでなく、本作を原作としたドラマが今春にも配信されるという。さらに、版元が『本好きの下剋上』などのライトノベル作品で有名なTOブックスだったりと、気になる点が満載な本作。いったいどのような物語になっているのだろうか。

 

 

 歴史小説からSF、ファンタジーなどあらゆるジャンルで執筆する冲方丁。その中でも『マルドゥック・スクランブル』の「委任事件担当官」や、『剣樹抄』の「捨人衆」、さらには一部シリーズ構成を務めるアニメシリーズ『PSYCHO-PASS』の「厚生省公安局」など、治安組織の活躍を描くのは十八番中の十八番といえるだろう。

 本作では現代日本を舞台に、警視庁内に特設された特別銃装班(SGU)の活躍を描く。

 

 現代日本といっても、自動小銃やライフルなどの強力な銃器が裏社会に広く流通するようになったパラレルワールドの日本が舞台になっている。

 流通した銃器によって事件は凶悪化し、銀行などを相手取った武装強盗が頻発するようになってしまう。そんな治安の悪化に対応するためにつくられたのが特別銃装班、通称SGUである。

 

 物語の中心になるのはSGUに民間から採用された吉良恭太郎加成屋倫の二人の元自衛隊員。彼らはレンジャーの課程を修了した優秀な陸上自衛隊だったが、とある武装強盗事件に巻き込まれたことをきっかけに除隊させられていた。その後はそれぞれの生活を送っていたが、能力を買われて召集されることになる。

 彼らの他にも、警視庁内から抜擢された三津木静谷、民間登用で情報支援を担当するプログラマー桶川など、それぞれ個性的なメンバーが集う。

 そんな彼らのチームワークだが、「互いの個性と特技を尊重するのではなく、いかに自分のために活用するかという態度が、結果的に全員のパフォーマンスを最大化させた(p.121)」と作中で評されたのが非常に印象的だった。

 協調性のないスペシャリストたちは、協調性のないままに不思議と連携し、凶悪犯たちを制圧していく。そして次第に、一連の武装強盗事件の背後にいる黒幕に迫っていくのだ。

 そして物語の中盤には、これまでの事件の見え方がガラリと一変するような強力なフックが仕込まれている。是非そこまで読んで、驚きと戸惑いを感じてほしい。

 

 そんな本作だが、SGUの顛末を振り返ってまとめたドキュメンタリーのような体裁をとっているのも相まって、展開が若干ダイジェストのようになっているという印象は否めない。

 もし『SGU』がシリーズ作品であったならば、チームメンバーそれぞれの個性や、絆が深まっていく様子がより丁寧に書かれたことだろう。しかしそうなっていないのは、どこにも明言されていないものの、本作が配信ドラマのために書き下ろされた一冊だからなのではないだろうか。

 そのドラマだが『さらば、銃よ 警視庁特別銃装班』というタイトルで、「Lemino」という映像配信サービスから配信されている。Leminoはドコモが提供する新しい映像配信サービスで、『さらば、銃よ』は、いわばローンチタイトルの一つとなっている。

 ちなみに予告などを見る限り、原作では脇役だった管理職サイドの登場である真木(仲村トオル)と花田(舘ひろし)が、主役となっているらしい。原作とは違った物語が楽しめそうだ。

 また、版元がTOブックスというのも気になるところ。ホームページ見てみると、ライトノベルらしい華やかなイラストの表紙が並ぶなか、明らかに一冊だけ浮いていてすこし面白い。

 

 さて、そんな『SGU』は、過激化する暴力行為に対し、それを上回る暴力で対抗する物語である。実際に主人公たちは多くの犯罪者を撃ち殺しており、そのことの是非については、読者に委ねられている。
 しかしその一方で、対抗措置としての暴力はどうあるべきか、という点には明確な回答を示している。ぜひ、その辺りに注目して読んでみてほしい。

 

冲方丁『骨灰』ーー渋谷駅の地下、秘せられた祭祀場に真っ白な灰が降り積もる。著者初の長編ホラー!

 歴史小説から現代サスペンスにSFアクション、さらにはファンタジーまで、あらゆるジャンルを横断して執筆する小説家・冲方丁。そんな氏の初となる長編ホラー小説『骨灰』が「小説 野生時代」での連載を経て刊行された。

 ちなみに短編のホラー小説としては、「異形コレクション」に書き下ろされたのち、短編集『OUT OF CONTROL』(2012 ハヤカワ文庫JA)に収録された「まあこ」*1「箱」*2などがある。

 

 

 公式に「メトロポリス・ホラー」とも紹介されている通り*3、2015年の東京という大都市が物語の舞台となっている。この東京、引いては江戸という土地は、『光圀伝』『剣樹抄』などで何度も冲方作品の舞台として選ばれた土地であり、『骨灰』の作中でも、それらの作品との繋がりを感じ取れる要素もあって面白い。

 本作の主人公は、渋谷駅の再開発事業を担う大手デベロッパーのIR部に勤める松永光弘。IR、すなわちインベスター・リレーションズとは投資家向けの広報のことを言い、正確な情報提供のために、社内で何か問題が起きた際の情報収集や、危機管理もIR部の仕事となる。

 早朝から雨の降る梅雨時のその日も、松永は「事件」への対応のために、渋谷駅近くの再開発現場を訪れていた。「東棟」と仮称される高層ビルが建設予定のその現場では、現場の写真とともに施工ミス連発」「いるだけで病気になる」などのツイートがいくつも投稿されていたのだ。何の根拠もないツイートと思われるが、放置するわけにもいかない。投稿の真偽を確認するためにも、松永は現場の地下へ下りていくのだった。

 そして、地下であるはずなのになぜかカラカラに乾いた空気の中、白い粉塵が降り積もる階段を恐る恐る下っていく松永は、その最深部でとある恐ろしいものを発見してしまう。

 その後何とか地上に生還した松永は、幼い娘と身重の妻が待つ自宅マンションに帰宅するが、自宅でも不可解な現象に見舞われる。翌日、松永は東棟の祭祀場を管理する玉井工務店を訪れて、様々なレクチャーを受けるが、事件の謎を追ううちに、彼とその家族は更なる怪現象に巻き込まれていくのだった。

 次第に深みにはまっていく松永だが、その展開には彼のIR部所属という設定が上手く機能しているように思う。何かトラブルが起きた際は、その経過や原因を明らかにし、何も問題はないのだと投資家にアピールするのが松永の仕事となる。

 当然、「お化けや幽霊の仕業です」などといった説明が受け入れられるわけもない。合理的な説明を求められているという義務感は、合理的な答えがあるはずだという思い込みに繋がり、狭まった視野は本能的な危機感を鈍らせる

 さらに秘匿性を重んじるIR部では、基本的に報告は直属の上司にのみ行い、単独行動で調査をする。そのため気軽に助けを求める相手もおらず、いつの間にか取り返しのつかない状況まで追い込まれてしまうのだ。

 物語は、かつて建設業に従事していた父親が主人公の前に現れることで、更に加速していく。

 面白いのは、事態を解決する術は読者に対しては明確に提示されていることだ。しかし、それが目の前にあるにも関わらず、松永は絶対にそれに気づくことができない。そのストレスと緊張感が、読者の目を離せなくさせる。
 
 本作についてのインタビューで著者の冲方丁は、先行きの見えない不安の世の中を生きる上での、免疫としてのホラーの効能について何度も述べている*4*5。予防接種としての『骨灰』、ひとついかがだろうか。

*1:新進気鋭のヘアスタイリストが、あるダッチワイフのスタイリングを依頼されたことで人生が狂っていく。

*2:自殺した知人が収集していた箱を売りさばくために集まった男たちだが、中身を確認しようとしたところで異変が生じる

*3:https://www.kadokawa.co.jp/topics/8903/

*4: 都会の地下が怖くなる禁忌のモダンホラー 『骨灰』冲方 丁 | インタビュー | Book Bang -ブックバン-

*5: 初のホラー長編上梓の冲方丁氏「ホラーは不条理に抵抗する力や免疫を与えてくれる」|NEWSポストセブン (news-postseven.com)

夏海公司『はじまりの町がはじまらない』――優柔不断なヘタレ町長と迅速果断な毒舌秘書官のクソゲー改革!

 昨秋、ハヤカワ文庫JAから刊行された『はじまりの町がはじまらない』は、とある過疎MMORPGをサービス終了の危機から救うため、自我に目覚めたNPCたちが奮闘するSF作品。

 著者は『なれる!SE』や『ガーリー・エアフォース』の夏海公司で、前回紹介した周藤蓮と同じく、主に電撃文庫で活躍しており、早川書房からは初の出版となる。

 

 

 NPCが自我に目覚めると言っても、自分たちがゲームのために作られた架空のキャラクターであることや、そもそもゲームとは何かということを、全て自動的にインストールされるわけではない。 

 例えば主人公である〈はじまりの町〉の町長、オトマル・メイズリークなどは、自分が父の後を継いでもう二十年も町長を務めてきたという過去の記憶をもちながら、そんな記憶とは食い違う違和感に直面することになる。それは例えば書き割りめいた町の姿や、限定的なコミュニケーションしか取れない冒険者の存在などだ。

 彼らはそうした違和感から推論を積み重ねていくことで、自分たちの住む世界が何らかの舞台装置であり、冒険者はその舞台の観客であるという仮説にたどり着く。このあたりのアプローチはSF的といえるのではないだろうか。

  そして天から降る謎の声が告げる”サービス終了”の日付までに、なんとか舞台のお客、つまり冒険者を呼び込むための奮闘が始まる。なにせ彼らの世界は、興行として見るととても不出来、つまりはクソゲーだったのだ。

 

 この問題に直面した時の主人公オトマルと、もう一人の主人公ともいえる彼の秘書官、パブリナ・パブルーの対応の違いが面白い。

 オトマルはまず、町民に対してどう説明すれば無用な混乱を起こさないか、演説の原稿を考えようとするのだ。しかし、そんなオトマルに対してパブリナは告げる。「説明すると何か事態が好転するんですか?」「なぜ解決に繋がらないことに時間と労力をかけるんですか?

 彼らの置かれた状況はあまりにも特殊ではあるものの、こうした不測の事態に対して、オトマルのような考え方をする人は多いのではないだろうか。すなわち、現状をひとまず受け入れ、ダメージコントロールをすることで、せめて被害を最小限に抑えようとするのだ。

 しかし、パブリナの発想は、その一歩先をいく。つまり、不測の事態をただ受け入れるのではなく、それを解決してしまえば、被害はゼロだというのだ。

 そして迅速果断な彼女によって、〈はじまりの町〉では様々な改革が推し進められていく。しかし、その急激な変化は町の内外で様々な軋轢を生んでしまう。果たしてオトマルとパブリナは、冒険者を呼び込んで、世界を存続させることができるのだろうか。

 

 また、彼らの活動は意外な形でゲームの外の世界にも影響を及ぼし、そしてオトマルたちがどういった存在なのかという秘密も明かされる。そのあたり「NPCがあるとき自我に目覚めました」では納得できないよ、というSFファンにも安心して読んで欲しい内容となっている。

周藤蓮『バイオスフィア不動産』――完全無欠の住居を得た人類は、それ以上何を望むのか。SF+ミステリな連作短編集。

 『賭博師は祈らない』『吸血鬼に天国はない』など電撃文庫の作品で知られる周藤蓮だが、昨秋、ハヤカワ文庫からの初めての著作『バイオスフィア不動産』が刊行された。
 
 バイオスフィアⅢ型建築という特殊な建築物を舞台に、後香不動産に勤めるサービスコーディネーター、アレイとユキオのコンビが、様々な謎に立ち向かうSF+ミステリな連作短編となっている。
 バイオスフィアⅢ型建築とは、外部と完全に隔絶して存在する建築物のことだ。内部で資源的、エネルギー的に完結しているため、住人が望む限り、死ぬまで一歩も外に出ることなく生活することができる。作中世界ではこのバイオスフィアⅢ型建築が世界中に普及しており、ほとんど全ての人々が個人や数人単位、ときには数十人の集団で、この完璧な住居に引きこもって暮らしている
 
 
 物語の主人公であるアレイユキオのコンビは、そんなバイオスフィアⅢ型建築を提供する後香不動産に、サービスコーディネーターとして勤務している。
 
 正確にいうと、勤務しているのはアレイひとりであり、とある事情から建物の中に入れないアレイに代わって、後香不動産の備品であるユキオが現地調査を担当している。ユキオの姿は表紙にも描かれているが、機械の体を持ち、黒いセーラー服を身にまとった彼(もしくは彼女)が、いったいどういう存在なのかは、ぜひ本編で確認されたい。
 
 さて、そんな二人の業務内容だが、サービスコーディネーターなどと肩書を取り繕っても、要は住人のクレーム処理である。しかし、完全無欠の住居であるバイオスフィアⅢ型建築は、通常のトラブルシューティングも内部で完結するように造られている。必然、彼らのもとに届くクレームは、奇妙なものばかりになるのだった。
 
 
 物語の第一話でユキオは「責問神殿」と呼ばれるバイオスフィアⅢ型建築に足を踏み入れる。そこでは「痛み」を信仰する人々が暮らしていた。
 
 作中世界では「社会的常識」や「世間体」という言葉がもはや意味をなさなくなっており、それぞれのバイオスフィアⅢ型建築の中で、独自の奇妙な文化を形成するコミュニティも珍しくない
 
 そんなコミュニティの一つである「責問神殿」の中で、あるとき鎮痛剤が見つかったらしい。痛みを神聖視する彼らにとって、鎮痛剤はご法度の存在。これは、”万能生成器”の不調によって生み出されたに違いない、というのがクレームの内容だった。もちろん、そんな都合いい不調などあるはずがなく、責問神殿の誰かが生成したに違いない。
 
 さらに神殿の人々は、いったい誰が後香不動産に報告したのかということを、仕切りにたずねてくる。いったいこのコミュニティで何が起きているのか、ユキオは調査を開始する。
 
 
 この第一話を読むと、奇妙な文化や風習を持つバイオスフィアⅢ型建築を次々に訪れては、問題を解決するという展開が続くのだな、と思うかもしれない。ところが予想に反して、つづく第二話でユキオたちは、あえてバイオスフィアⅢ型建築に入居せず、普通の住まいで暮らす人々の集落を訪れるのだ。
 
 このことから、本作がバイオスフィアⅢ型建築を、ただ単に様々なシチュエーションを用意できる便利な舞台として利用しているのではなく、それらを通して究極のステイホームが実現した社会そのものをシミュレートしようとしていることが伺える。
 
 
 第三話以降も異臭や隣人トラブルなど、バイオスフィアⅢ型建築では本来起こり得ないトラブルに、アレイとユキオは対応していく。
 
 ほぼすべての需要が満たされ、自由を満喫できる究極の住まいを得て、人々はいったいそれ以上何を望むのか。そうした考察が面白い一冊だった。